愛の奥宮殿へ
『謀 略』
Presented by みんみんまま様
ッッシャーーン!!!
煌びやかな室内に雅とは相反する音響が轟き、人も物も震撼させる。
その後も数瞬の静寂を許さぬかのように徒然なす音。
それに重なる声―――
通常ならば人の心の真深き場所に染み入るであろうその声。
それはただ―――ただ怒りしか今は表していない・・・・
持ち主はその声のみにあらず、美しき大河を腕に抱く黒土をも全て所有する者
―――ファラオであった。
「私の命に従わぬなら、腕を切り落とせぃ!!」
固唾を呑みその場に居合わせた臣下は不況を被らないよう、ひたすら床に視線を落としていた。
このような寛恕を剥き出しに曝す主に声をかけ、その荒ぶる心を鎮められるものなど、いるはずがない・・・・
ひたすらに時がたゆたい過ぎるのをのを待ち焦がれるばかりであった。
「いけませんな・・・」
「うむ。相当荒れておいでだな。これは・・・」
「やはり、例の手を?」
「致し方あるまい。このままでは怪我人が増えるばかり。早急に手を打たねば」
「では、あの者に命を出しますゆえ。」
「頼む」
忠義に篤いと信頼を置かれる宰相と将軍のファラオに隠れての密談。
これの意味する所はなんであろうか?
「これをファラオにお持ちして欲しいのですが・・・」
穏やかに女官長のナフテラは金色の娘に言い渡しつつ、箱を差し出す。
「お渡しするだけでよいから」
娘の煩悶する表情を読取り言葉を足す。
気が進まないのを理由にもできず了解する娘。
・・・・・さっさと届けて、あの池の花を見に行こう。
今日もたくさん咲いているといいなぁ。手の届かないところ程、綺麗な花があるのよね。
これから顔を会わせなければならないその人との関係の気まずさを思い、懸命に自分の気を引き立てようとしながら、ファラオの座する政務の間に着く。
面白くもないが衛兵は既に自分を見知っているようで何も言わずともその絢爛な扉を開け、通してくれた。
「?」
何か気まずい雰囲気が漂うような・・・何か肌で感じる空気があった。
とにかく用件を済ませてさっさと戻りたい。彼が剣呑な空気を漂わさせるのはいつものこと。特別なことではない。そう、いつものことではないか。
ただ自分とてその怒りに身を浸したいと願うはずもなく、ひたすら早く戻る事だけを念じていた。
「ナフテラ女官長から、これを預かってまいりました。」
俯き、目も合わせようとせずに差し出す娘。
それでも柔らかな金色の光を差し込ませる娘を見つけ一瞬、和やかな色を醸し出すファラオ。
受け取り、彼の人が声をかけようとした時には、娘は既に踵を返し歩き出していた。
その真白の足先に―――
・・・ポトッ・・・・
・ カサッ
「・・・え?」
カサッカサカサカサ・・・・
「〜〜〜〜っきゃあああああぁぁぁ」
数瞬間は金縛りにあっていただろうか?
しかし、黒い物体を目で捉えた次には思わず後退り何かに縋る。それはもう必死の様相で・・・
自らが何に力一杯しがみついているかも知らず、青い瞳に涙を滲ませてそれから逃れようとただただひたすらに懇願していた。
「まかせよ」低い声が頼もしくも耳朶に響く。
―――ぷちっ
剣先で潰れるその虫―――油虫、太古より生息するゴキブリであった。
虫の中でも一際、金色の娘が苦手とするそれは足元でファラオの制裁を直に受けていた。
いや、この場合において、それは感謝を受けるに値する存在だったろうに―――
愛しい娘をその胸に抱きしめながら、その優しき存在に漂う。彼女が自ら抱きついてくることなぞついぞない。あのナイルに二人で落ちた時以来であった。
険含みだった口元が知らず知らずにも上向き、緩やかな曲線を画き出す。
神より与えられた娘は自分の下に戻り着ても心を許すことなく日々を重ねていた。
そのあからさまな拒みようにファラオの機嫌は垂直に下向くばかりだったのだ。
しかも迷惑至極なことにその怒気は張本人に向くことなく周囲へと流れて渦巻いていた。
今しも、迷惑の根源の金色の娘は実は責任を取らされていたのだ。
足元に“それ”を落とされることによって―――
落とした犯人は彼女付のウナス。
謀略の計画は先般の忠義者の二人であった。
「これで暫らくはもつかと・・・」
「うむ、ウナス大儀であったのぅ」
エジプトの知恵、宰相から労いをうけ身を震わせるウナス。
また、明日の為に“あれ”を捕獲しておかなくてはと胸に計画を立てるこれも忠義な部下であった―――
三人を含め、水面に落とした雫が円を広げるようにファラオを中心として穏やかな空気が広がっていく。
さて、やんどころない者に抱きしめられた娘はようやく自分の身の上を知ることとなる。自分を抱きしめる漆黒の瞳と髪をもつその人は―――もちろん自身の黒髪の兄ではない。
「いっ!いやぁぁ!!もう〜〜!!助けて、ライアン兄さ〜んっ!!!」
その迸った愛しい娘の上げた叫び声。特にその名を間近に耳朶に受けたファラオは悋気に走る。
せっかく上向いた主の機嫌が急下するのを感じた臣下一同は落胆を隠しきれないのであった。
エジプト王宮においては今日も平和なのか波乱含みなのか・・・・
天空に昇る太陽と同じ光を放つ―――彼女次第なのであった。
Fin.
