愛の奥宮殿へ  

chapter 11

〜 ファラオの楽しみ 〜


普通、こういった事は女性の方が嬉々とするものだと思うのだけど・・・・
・・・女のわたしが言うのもなんなのだけど・・・

メンフィスって・・・・買い物好き・・・・・・だと思う・・・。


月に一度、定期的に各地の商人が王宮へやってくる。
どの商人も超一流の品々をどっさりと携えて。
きらびやかな極上の宝石から、一級品の珍しい品々・・
あつまる商人達は2〜30組ほどだけど、その持ち込んでくる商品の量は半端じゃないのよ。
広間中、その日はまるで大企業の見本市か何かのような様相になるのだから。

「毎回すごいですわよね〜 姫様。」
「ええ・・・・・。(汗)」

わたしたちが驚愕しているのは持ち込まれた商品の量ではなくて・・・・その買い手の買いっぷり。
買い手はただ一人。
もちろん、いまさら説明するまでもないけれど、それはこの国のファラオ・メンフィスよ。
商人達によって順に披露される品々を眺め見て、指先の合図だけで次々に購入していくの。
よほど興味をそそられた時しか声はかけないんだけど・・なんだか競り市の落札みたいだわ。
それに各国からの貢物を日々見ているだけあって、結構目利きだったりするのよ。

大変なのは書記たちよね。
メンフィスの指図を読み取る役と、それを書き留める役が4人ぐらいでチームを組んでいるの。
あれも一種職人芸の域だわ。
後でそれぞれの商人に購入リストを通達して支払い手続きになるのだけど・・・。
どのくらいの金額になるのかちょっと後で教えてもらおう・・


「ふむ・・・・それを」
「はっ」

うやうやしく商品を掲げて呼ばれた商人が嬉々としてかしずく。
豪華な箱に収められたものは美しい織物の数々。

「うむ・・・美しい色合いだ。生地質も良い。あるだけもらおう。」
「はいっ。ありがとうございます。」



女性用としか思えない物になると、とたんにメンフィス様の選別に熱心さが加わります。
時折、側に控えるキャロル様をじっと眺め見られては、品物をお手元まで取り寄せ吟味されます。
天井知らずの上得意客・・。
オリエント一番の富を誇るエジプトのファラオは『妃の為の物』なら文字通り『金に糸目はつけない』のです。
それは商人の間でもとっても有名な事なのだそうですよ。
『飛び切り良いものがあればエジプトへ』
と、合言葉のようになっているんですって。(@ハサン情報)
どんなに高価なものでも姫様に似合うと思われたら即ご購入なのですからね。
おかげで今や最先端の流通網がテーベに向かって組まれているとか・・
わたくしたち下々の者にとってもエジプトに沢山良い商品が流れてきて、いいことになっているんですよ。
最新の流行には敏感ですからね。特にお洒落好きな王宮侍女たちは♪

あら、今度はお化粧道具?
とっても細かい細工を施した手鏡やお化粧パレット・・・ものすごいです・・
黄金や宝石で縁取りされたお道具でお化粧などしたら、わたくしなんかもったいなくって顔が腫れあがってしまいますわ。


「ふぅむ。なかなかに美しい出来栄えだな。キャロルどうだ?」
「え、ええ。本当に素晴らしいわね。あの・・・・このはめ込まれた宝石はみなお国で取れるものですの?」
「は?い、いえ、ナイルの王妃様。宝石は諸外国から集めたものでございます。自国では黄金がとれますのでそこで珍しい宝石をくわえて加工を・・」
「まぁ・・・では随分遠くの国と交易をしていらっしゃるのではないのですか?」
少し興奮気味にキャロルは身を乗り出した。
「キャロル?」
「ほら、とても珍しい石が沢山あるから・・・ラピスラズリはアフガニスタン方面が産地として有名だけど・・やっぱり中東産かしら。それにこちらはヨーロッパで取れる紫金石ではないのですか?赤い宝石・・ガーネットやルビーはインドや東南アジアが多いし・・それともこのあたりでも色々取れるものなのかしら?」
「????・・・・・・遠いところでは東の地の果て・・その・・・雪を一年中頂くという山岳地帯までやり取りをしておりますので。」
「ああ、ヒマラヤ山脈ね?すごいわねぇ・・世界各国からの石がこうして一つに集まっているなんて。古代世界で交流が活発だった証だわ。それに、このケースも寄木細工で出来ているのね。いろんな種類の木が組み込まれているみたい・・・ねぇメンフィス、木の種類は分からないけれど調べたらまたすごい発見がありそうだわ(にっこり)♪」

商人にはキャロルの言葉の半分も理解できていない。
なんなのだ?この王妃は??

聞いたことも無い国の名前ばかりが王妃の口から次々と紡ぎ出される。
『綺麗』『素敵』・・普通そういった言葉が一番に返ってくるものだが。
・・・これが噂に聞く『世界を見通している』ということなのか??
!!もしかして儂は今とんでもなく凄い事を聞いてしまったのじゃぁないだろうか?
・・宝石の原産地だぞ!おい、今なんて言っていた??!!

仰天して王妃を見つめ目を丸くしている商人に向かって、おもむろにファラオが口を開いた。

「・・・・・・・・妃は大層気に入ったようだ。また珍しいものをもってまいれ。」
「は、はは〜っ。ありがとうございます。」

暗に「下がれ」という意図を察し、その商人はそそくさとあとずさる。
そして次に控えていた商人が王に自慢の商品を見せようと荷物を披露しだした。


隣に座る英明な妃を見やる。
この笑顔、確かに手に入った品を喜んでいるのに違いはないのだが・・・
どうもいつもこちらの意図とは全く違う位置で喜んでいる。
キャロルが喜ぶのは・・その物の美しさや豪華さではなく、その品がたどってきた背景が見えたときだ。
今に始まったことではないが、誠に変わった性格だと思う。
先日は商人が身につけていた粗末な靴や皮袋にばかり興味を示していた。
なぜ我が妃は普通の女どものように、きらびやかで美しいものにとりつかれないのだろうか・・?
じっと見つめられていたのに気づいたキャロルはフワリと笑った。

「ありがとうメンフィス。とっても嬉しい♪大切にするわね。」

どこかピントがずれているのは分かっているが・・キャロルが喜んでいるならそれはそれで良い。
実際、キャロルがこうして飛びつくほど喜ぶのは稀なのだから。
そなたの嬉しそうな笑顔・・・眩いほどに輝いて・・
まことに・・愛しいやつよ。


そういえば白い光沢を放つ美しいシルクが入ってきていたな。
キャロルが殊更に喜んだ東方からの珍しい布だ。
各商人に入手できる限り沢山のシルクを取り寄せるようふれを出しているので、この頃は必ず入荷してくる。
薄く軽いその布地を手に取り、フワリとキャロルの頭上にかぶせかけた。
柔らかな頬をなぞり、くいっと細い顎をもちあげる。

本当は・・・美しい衣をまとい、華やかな宝石で身を飾る事をもう少し喜んで欲しいのだがな・・


「きゃっ くすぐったい。」
「よく似合う。誠にそなたの為にあるような布だな。」
「あら、そんなことないわ。どちらかというと・・・・貴重なシルクは王であるメンフィスにこそ似合う品よ。」
「なにを言う。そなたに決まっておろう。」
「メンフィスよ。」
「そなただ。」

強く言い切ってそれ以上反論させないよう口付ける。

「・・・そなたほど似合う者は他におらぬ。」
「メンフィス・・・・・」


この髪をなびかせ・・
白い肌に漂わせて――

手のひらにさらりと黄金の髪をもてあそぶ。
きらきらとこぼれ落ちながら光の破片が空気に描かれていった。

どんな色もそなたに染まると淡い燐光をはなつように美しく輝く。
薄紅の花びら色
透き通った空の青
純白
たそがれ時の紫紺・・
理屈ではない。


「ふむ・・これも良いな」
「メンフィスったら・・・もう、きりが無いわ」

長く広げた布地をキャロルにあてがい選んでいると、キャロルが小さく笑いながら文句を言った。
キャロルのまわりには散乱した多くの宝飾品や高価な布地の数々。
埋もれてしまうと口を尖らせて。
こんなに沢山身につけたら重くて身動きできなくなるとも言って・・。

困ったような顔に、悪戯に光る碧玉
小首をかしげてわたしを見つめる
邪気のない・・・ただただわたしへの愛に溢れた優しい視線。

・・・だから愛しくてたまらないのだ。
わたしの最上の宝玉を、誰よりも何よりも大切に、最高の品でくるんで何が悪い。



―――そなたを美しく飾るのはわたしの楽しみぞ。その楽しみを奪うことはそなたであろうと許さぬ。


メンフィスは羽扇で半分顔を隠していたキャロルの耳元にそうささやいた。
(じゃあ・・・・)
こっそりつぶやき返すキャロル。
それを聞いた優雅な長いまつげが数度しばたいた。
メンフィスの顔が人前で珍しいほど柔和にほころぶ。



  ・・・・・・じゃあ、 ・・ちゃんと『貴方』が着付けをしてくれなくちゃ。



Fin.










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