愛の奥宮殿へ                   

chapter 3


〜兄・来訪〜





「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・ということなのよ。ねぇ、ライアン兄さん聞いてる?」

広いテラスに面した陽光明るい王妃の居間で、キャロルはこの古代に来てからの出来事をかいつまんで兄たちに語っていた。

ライアンは一言も発せず、ただじっと腕を組みキャロルの言う事を胡散臭そうに聞いている。
対するロディは素直なもので既にかなり興奮気味だ。

「・・・・信じられないけど・・本当のことなんだね・・でもキャロルが王妃さまだって?それも古代エジプトの??!!それで・・・・彼があのファラオだって????」
「そうなのよ。ロディ兄さん!・・うふっ(小声で)・・・素敵でしょう?(ぽっ)」

バンッッッッッ!!!!!

「ばかばかしい!夢見がちなのもたいがいにしろ!こんなテーマパークなんかどこにでもあるだろう!」

手近なサイドテーブルを思いっきり叩き、彼らしいといえば彼らしい超現実主義な言葉を掃き捨てたライアンに、ロディはくってかかった。

「じゃあ、これはどう説明するのさ?さっきまで確かにカイロにいた僕たちが、どうして全然違う場所に瞬時に移動できたんだよ?」
「そ、・・・それは・・」
「世の中不思議なことはいくらでもあるんだ。たまにはそのまま信じてみてもいいんじゃない?それにどう考えたって、これしか原因は思いあたらないんだからさ」

「?・・・・ロディ兄さん?なぁにそれ?」

キャロルはひらひらと振られるロディの手の中にあるものを興味津々で覗き込んだ。

「ぼくたちキャロルの部屋でこの切符をみつけてさ、ぼくが冗談でここの項目に書き入れたんだ。そしたらいきなりさっきの状況だよ。」


手渡された一枚の紙片・・・
キャロルの青い目が食い入るように見開かれる。

「・・・・・・・・・・切符???」

そこには有効期限が記されており、ロディの文字で行き先を「キャロルのいるところ」と書き込まれていた。
(プレアデストラベル どこでも切符 貴方の行きたいところへどこでも行けます。一泊二日2名様まで有効 )


「・・・・・冗談みたいな話ね」
「うん。でも、こうしてキャロルに会えたんだから、もう夢でも冗談でもなんでもいいよ。嬉しいなぁ。よかったよ本当に無事でいてくれたんだから・・・・」
「ええ・・ええそうね・・・そうよねっ・・・わたしも嬉しいっっ!あぁロディ兄さ〜ん!!!」
(↑ぎゅちゅ〜っっっと抱擁しあう二人)

「キャロルっっ!!」
「キャロル!!!!」

むっ!!!!!(←にらみ合うM&R)

またしても同時に二つの声が重なった。だが今度は男同士の刺し貫くかのような、怒鳴り声・・
思わずキャロルはびくりと肩をすくめた。
同時に耳を裂くほどの声がかぶさりあい、キッと双方焦点が合う。
険悪な火花が散る黒髪のご両人

実はこの奥宮殿に移ってから、ずっとこの二人は無言の火花を散らしつづけていたのだ。

キャロルにとっては、たまらなく恐ろしい沈黙の空気――――
先ほどから、キャロルとロディがごく『普通』に再会を喜び合うのを真ん中に、両脇から黒い稲妻がずっとバチバチと放電している・・。
見て見ぬふり・・・も、・・・いや、どちらかというと無理やり無視をしていたのだが、さすがにそれも限界が・・・




「・・・貴公が・・・・・・『ライアン』か・・・」

先に口火を切ったのはメンフィスだった。
表面上は平静そうな顔を見せてはいるが、眼光がとにかく尋常ではない。
青白いほのおがメラメラと冷ややかに燃えている・・・・・・
そして、それはライアンも同じ。
どう考えても平和的対談など望めそうにも思えなかった。

「・・・・・・・・・」

相変わらずライアンはじっと相手をにらみつけているだけだ。

(いや〜〜んっっ・・・・・もう二人とも最悪〜〜っっ!!!!!)

どちらの性格も知り尽くしているだけに、キャロルには手も足も出ない・・・
仲裁したくても、自分の存在がどちらかに傾けば、とんでもなく話がこじれてしまうことが目に見えている。

「まあ、まあ、兄さん。なによりキャロルが無事で、最高に幸せなんだ。それにこの王様、キャロルの為に戦争まで起こして・・・・。しかも今だって国中をあげて守ってくれているそうじゃないか。」
「それが本当に無事なのならばな!!さっき聞いた話だけで、何度キャロルが殺されそうになっている!?第一、あの肩の獣の大怪我はそもそもこの・・(わなわな)・・こいつとの・・け、け、『結婚』のせいじゃないか!!」

 (こ・・・「こいつ」・・・だとぉ!!!!ファラオのわたしに向かってなんたる無礼!!!)

 (や、やばいっっ!!!)

「ね、ね、メンフィスっ(はぁと)、あの婚儀の時のライオンの怪我から救ってくれたのはライアン兄さんなのよっ(←思いっきりメンフィスにしなだり甘えて寄り添うキャロル)後遺症も傷跡も残らないように、最高の医療で治してくれたの・・兄さんのお陰でわたしこうして・・・」
「うるさいっっっ!!!!そなたは黙っておれ!!」
「メンフィスっ!!」

険悪な雰囲気にさらに輪をかけて、ライアンもぐさりと言い放つ。

「悪いが、『メンフィス君』、ぼくは君を信頼することは出来かねる。『僕の』大切な妹をこれ以上危険にさらすことは出来ない。」
「兄さん!!」
「暗殺だの・・略奪だの・・・こんな現象自体信じたくもないが、それが本当ならゆゆしき問題だ!おまえの命が危険にさらされつづけているのを、僕がだまってみていられると思うのか?」

キャロルにむけて差し出されたライアンの手をさえぎるように、メンフィスが冷ややかに牙を剥いた。

「ほう?・・・貴公、このわたしより『我が妃』を守れると申すのか?そなたに私以上の力があるとはおもえぬがな。」

ことさら『我が妃』を強調してメンフィスは己に抱きついていたキャロルをさらに強く引き寄せる。
もちろん、ライアンに見せ付けるかのように。

(キャロルは私のものだ!!)

飛び散る火花にキャロルは蒼白
メンフィスの手には黄金細工をほどこした長剣がしっかりと握られている。
それがギラリとキャロルを巻き込むように輝いていた。
だれであろうと、たとえそれがキャロルの命の恩人だろうと家族だろうと、キャロルを自分の側から奪う者はメンフィスにとって全て敵だ。
ましてや、それが、キャロルと出会った時より聞かされつづけたあの『兄』なのだ。
自分の力ではどうしても取り去ることの出来なかった、キャロルの胸の中に居座りつづける男・・・
今も尚、事あるごとに妃の口から呼ばれつづける永遠の宿敵・・・
その「ライアン」が、今目の前にいる・・!!!

その存在は、目前にいるというだけでメラメラとメンフィスの闘争心に火の粉を吹きあげさせた。
いままでメンフィスの心の奥底で積みに積み重なっていたぶつけようのなかった苛立ちが沸沸とくすぶりかえし、そのままガソリンとなって、さらにひどくメンフィスの中で次々と引火爆発していく
プライベートな奥宮殿だけに周囲の目を気にする必要もなく、メンフィスの感情はもうストップがきかない。
そんな状態の上、よりにもよってライアンまでも売り言葉に買い言葉なのだ。
キャロルはもうたまったものではない。

R 「守れるかだと?いってくれるじゃないか!ああ!腕ずくでもつれて帰るとも!」
M 「おお。やれるものならやってみよ!剣でも槍でも受けて立とうぞ。貴公の好きにかかってくるがいい!」
R 「あいにく僕は文明人でね。殺しあう発想など持ち合わせてはいない。ふんっ、第一、大事な妹をそんな野蛮な男に触れさせたくはない!!人を殺したその手で僕の妹に触れるなっっ!!」
M 「なっ!なにぃぃ〜っっ!!!」

側にそれとなく控えていたイムホテップは、ふと口の端を上げていた。
(・・・たしかにキャロル様の兄君であられるな・・・言いたいことをはっきりとおっしゃられる・・その内容まで同じとは・・・さて・・ファラオ、どうなさる)
思わず昔の光景を思い返しているのは宰相だけではない。
メンフィス自身が一番その小憎らしい歯に物を着せない言い回しに覚えが有るのだから・・

ライアンから放たれる、(認めたくはないが→)キャロルとどこか似かよっている雰囲気がよけいにメンフィスの苛立ちを増殖させていた。
立ち入れない絆のようなものがメンフィスの前に立ちはだかるようで・・・

(〜〜〜っっ!!!くっそう〜〜〜っっっ!!!)

だが、暴言を吐き逆らい対峙する相手は愛しいキャロルではない。
容赦する必要などどこにあろう!

「さあキャロル、帰ろう。ママが心配してまっているよ!」
「ええいっっ!我が妃に触れるなっ!!!」
「メンフィス、やめて! 兄さんも言い過ぎよ!私の話も聞いて!!落ち着いてったら!」

キャロルはなんとか二人の間に割り込み押さえにまわるが、既にどうにもなりそうにない。
とうとう、両者の手が胸倉のつかみ合いになってしまった。

「どけ!キャロル」「邪魔をするな!」
「いやよ〜っ!!!ふたりとも喧嘩しちゃいや〜〜っっ!!!」

そのとき、もう1つの手が両者の間に割り込んできた。

「キャロルを泣かせたら、二人とも失格だよ」
「ロディ!」
「むっ!!」

どこから調達してきたのか、切っ先をあらわにした細身の短剣を、すらりと二人の目と鼻の先に差し入れている。
ぴたりと静止するメンフィスとライアン。
剣の切っ先ではなく、その言葉に反応したようだ。
両者の間で涙ぐみ、見上げる小さなキャロルがいる。

「まったく・・・はた迷惑だよなぁ・・ねぇキャロル。僕も血を見るのはごめんだよ。ようはどっちもキャロルの前で負けたくないだけなんだろう?そんなに勝負がしたいなら、こうしなよ。分かりやすいからさ。」

ロディは短剣をもどし、にっこり笑って二人の右手同士をもちあげ無理やり組ませたのだった。

「いい?1回勝負だからね。恨みっこなしだよ。」



・・・・・・・かくして・・・

それから一体どのくらい張り合っているのだろう?
がっちりと組まれた両者の腕相撲対決・・・・
二人の腕は中央からびくとも動かないままなのだ。

奥宮殿の侍女たちも噂を聞きつけ、遠巻きにこの現代と古代のライオンの激突を見守っている。

脇で面白そうに試合観戦しているのは、ロディとミヌーエ将軍だ。

「やるねぇ・・二人とも。お互い結構いい勝負じゃない。」

腕を組み目を細めてくすくすと笑うロディに、同じく微笑のミヌーエ将軍が声をかけた。

「―――王妃様の兄君、・・ライアン様でしたか・・なかなかの腕力でいらっしゃいますね。一度わたしも剣などお手合わせねがいたいものですが・・」
「剣?・・それはどうでしょうね・・?兄はどちらかというと『ピストル』専門で・・・・」
「?」
「・・だから握力だけはあるんですが・・・それにしても・・・今も時々『ジム』で鍛えていたから簡単には負けないとは思ったけど、ここまで来ると根性だ・・(←噴出し笑いのロディ)」
「??・・・・・ところで、ロディ様も何かたしなまれておられるのですか?」
「僕?(くすっ)残念ながら僕はダメ。非力で。ああ、でも乗馬くらいならできますよ。」

なんとなく気があって、それなりに和気あいあいと話も弾んでいる。
ロディはときおり理解を超えた言葉を発するが、それはナイルの王妃と同じ事。分からない事は分からないものとして、微笑のままさらりと流すミヌーエ将軍である。

そして温和な二人の見つめる視線の先、
この対決のレフリー役は、なぜか成り行きでキャロルがつとめていた。
とはいっても、困惑したまま、両者の間でおろおろと立ち尽くすばかりなのだが。

「やっぱり勝ったほうにはキャロルからご褒美だよね。祝福のkissでもする?」
「―――っっ!!!これ以上変に挑発しないでよ!ロディ兄さんったら!!一体どうするのよ、もう!これじゃあ収拾なんてつかないじゃない!」
「そう?」

どこまでも呑気な笑みをたたえるロディにキャロルはしかめっ面で怒り出す。

「後でとばっちりを受けるのは全〜部私なのよっ!どっちが勝っても困るの!第一そのあとどうやって二人をなだめたらいいのよ!」

真剣に小さなこぶしを握り締め、もう泣き出しそうだ。
ぽん・・と黄金の頭をなでて、ふっとロディは笑った。

「―――あいかわらずやさしいね。キャロル。でも、実のところとっくに勝負はついているんだよ。」
「・・・・・・・え???!!!」
「ふふっ・・ま、確かにこれじゃぁ何時までたっても終わりそうにないな。しかたがない、方法を変えようか。キャロル、ちょっと。」

手招きをして、こそっとキャロルの耳元で何かを告げる。

「・・・・・!!!!」
「ね。」

キャロルは目を見張った。
それに答えてロディはウインクする。
そして、その時ふと何かを思いつき、ロディはごそごそとポケットの中をさぐりだした。

「・・・そうだ・・・・そういえば確かここに・・・」

現れたのは、ちょうど手のひらサイズぐらいの銀色に光る物体。

「―――ちょうどいい。これも使えそうだ。」
「?」

嬉しそうににっこりと、それでいてどこかいたずらめいた笑みをたたえるロディだった。