chapter 32
〜 さくらんぼ騒動 〜
事の発端は多分・・たった一つの言葉からだった。
それがここまで恐ろしく増幅してこようとは、さすがに思いもしなかった。
「・・・・・・で、どういう事なのだ?」
ひどく不機嫌な王を前に、今この目の前に起こっている思ってもみない状況をどう処理したものかと目が泳ぐ
「そ、そうね・・・どういう事なのかしらねぇ?」
きっとなんの悪気もなかったのだ
多分・・・
本当に、純粋に「よかれ」と思ってしてくれたんだと思う。
でも・・・・・・もうちょっとやりようがあっただろうに・・・
積み上げられた木箱の中身はこれでもかというほどの「さくらんぼ」。
それもただの貢ぎ物ではない。
あの、「ミノア」から国の威信をかけて『国家最重要貴重品扱い』で、鮮度を保つため恐らく雪山から取り寄せた氷も詰めて遠路はるばるながらその当時できうる限り最速の方法でテーベに運ばれてきたのである。
今でいえばクール宅急便といったところか・・・
もともと日持ちもしない果物なので、これを摘みたてに近い状態で運んできたのはかなり驚異的だったことだろう。
また、暑いエジプトでは育たない寒冷さが必要な果物だ。
それだけでもエジプトでは口にできない珍しさがあるが、なんといっても高速船で届けにきたミノアのユクタス将軍が頬を紅潮させて言った言葉も問題だったのだ。
『ナイルの姫が「何よりも一番の大好物とされる果物」でございますゆえ、ミノス王が姫の為に何としてもお届けするようお命じになられました。』
そんな触れ込みで、どどんっとテーベに届いたのである。
「ええ〜っと・・・」
一緒に届いたミノス王からの書状はナイルの姫に直接渡すようにとの指示があったため、ユクタス将軍からキャロルに手渡された物。
ざっと目を通すなりキャロルはすぐにがさごそとそれを丸めなおしていた。
どうみてもメンフィスに見られては困る内容のようでごまかそうとしている事は明らかだ。
その手からすかさずメンフィスがその書状を抜き取った。
「あ! メンフィス!」
冷ややかな表情のまま乱暴に開いた書状の面を眺め、最初のセリフに戻る
「・・・で、どういう事なのだ?」
「・・・・だから・・・ただ単に『御礼』、でしょ?」
「・・『あの日、御手にて朝露ごと摘み取られしこの果実を、その麗しき指にて輝ける微笑みと共に我に食させていただきましたこと忘れられず・・・甘美な思い出として生きる支えとする日々にて・・・』」
(わざわざ声に出さなくてもいいってば〜〜っ!!)
恐ろしく棒読みで、明らかに刺々しい口調
(まずい、まずい、まずいわよ〜〜っっ||||| なにがどうって問題はないんだけど、書いてる雰囲気がなんか・・なんかニュアンスが妙に『変』に取られそうでっっ!!)
「お、お元気そうで何よりね〜(^◇^)」
「・・・・・『この実を口にするごと・・姫の甘き優しさに包まれる思い・・・』」
「しょ、食欲もちゃんと戻ったのね。最初はね、本当〜に何も食べてくれなかったのよ。果物嫌い、野菜も嫌い、朝は食べないってホントわがままでね〜。ほら、この桜桃の実なら一口で食べられるからいいかなって思ったのよ。気に入ってくださって本当に良かったわ♪」
あははははは・・・とカラ元気な笑いを添えて、できるだけ正確に状況を伝えなおすのだが・・・目の前の眼光は闇夜のドロドロ感満載だ。
ジワジワとこちらまでそのオドロムードが忍び寄ってくる。
「ええっと・・・あの、あのね、メンフィス、」
「要するに、これをあやつに食べさせたのだな」
「え、ええ。」
「そなたの『手』で」
「そ、そうね、そうなるかしらね。だってお庭に生っていたのを見つけて採っていったものだから・・」
「その指で食べさせたと?」
「ちょっと待ってメンフィス、わたし持って行っただけよ!ね、ねぇテティそうだったでしょう?」
「は?ああ、はいっ」
テティは急に視線を振られてひっと息をのむ。
「いや、だからですね・・・・ひ、姫様のおっしゃる通りで・・」
(やめてくださいよぉぉ こっちにふるの〜)
「確かにそうでした、る、ルカに摘み取りを手伝わせていらっしゃいましたよね」
これまた反対側に視線を振った先、壁際に控えていたルカめがけて話題のボールが飛んでいく。
ブンっとテティからロングパスをされたルカは内心やれやれと皆の視線を受け止め、ただ淡々と答えることにした。
「ミノス王への朝のお見舞いの際、姫がこちらを摘まれて私がお手伝いをし・・・お持ちなった果物をミノス王にお勧めされたと記憶しております。」
「ほらね、持って行っただけなのよ」
「・・・・」
「せっかくだから新鮮な摘みたての方がいいじゃない、だから摘んですぐにお持ちしたの。そうしたら意外とすんなり召し上がってくださったわけで・・・」
「・・・・そなたの大好きな果物だったと?」
「ああ、まあそれはそうなんだけど。」
「『大好きな』・・(じとっとした低い声)」
「・・・別に特別これだけがそうってわけじゃないわよ。くだものは何でも好きなんだし・・・ふつう好物って好きって言うものじゃない?チェリーはたまたま、すっごく久しぶりに食べたから嬉しかっただけで、つい大好きって言ってしまったのよ。それをまさかこんなにオオゴトにするとは思わなかったわ。」
「嬉しかった・・・と」
「ねぇ、メンフィス・・・まさかと思うけど、これに嫉妬してたりしてるのかしら?」
「して悪いか。」
はぁ〜〜、と大きなため息
やはりといえばやはり・・という所なのだが・・しかも即答だし。。。
「メンフィスったら・・・ただの季節のお届けものじゃないの」
(そんなわけなかろう!)
能天気なキャロルは全くもって気づいていなのか・・いや、明確にではなくてもうっすらと気づいていながらとりあっていないだけなのか(歯牙にもかけないのならそれはそれで良いのだが)、キャロルがどう受け取ろうと、明らかにこれはミノス王からの『下心からの品』には違いないのだ。
「・・・・・わたしは・・・そなたの好物を知らなかった」
「はぃ?」
「わたしはそなたの好物を知らなかったのだ。それが・・・よりにもよってあのミノス王からそれを告げらるとは!」
「だから、たまたまだってば」
「たまたまでは済まされぬ!どうして黙っていた!」
「だって・・そんな事言われても・・・・しかたないじゃない(ぼそっ)エジプトにはないものなんだし・・・」
ガチャン!
「きゃぁっ!」
「我がエジプトに手に入らぬものはない!このわたしの力でもって成し得ぬ事などありはせぬ!!」
卓をたたき立ち上がり、もう片方の手は握りこぶしでファラオ的宣言。
いや、だから・・・・・
とはもう口にも出せず、ああ・・もうダメだと絶句するばかりのキャロルである。
そして、皮肉にもキャロルにはこれから起こるであろう未来が瞬時にはっきりと見えたのだった。
きっと、それほど日を置かずして・・・あらゆる手を尽くして大量のチェリーがこのエジプトに取り寄せられるのだろう。
「ヤン・グイフェイ(楊貴妃)のライチじゃあるまいし・・・・(頭痛)」
全く・・どうやって収拾したらいいものか・・・
でも、とにかくは、今、ここに山と積まれている大量のチェリー(ほとんど青果卸売市場並の量)をどうにかしなければ・・と、皆に配るための籠を用立てるよう侍女達に指図をだしたキャロルでありました。
Fin.
© PLEIADES PALACE
愛の奥宮殿へ