愛の奥宮殿へ                     

chapter 4

〜王妃の宴〜
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もとより大半が若い年齢の娘達のあつまりだ。
そんなに多くの時もおかずに、かしましい笑い声が広間中に満ち溢れる。
緊張していたおもむきも今やすっかり消えて賑やかなことかぎりない。
また沢山の豪華な料理にみな舌鼓をうっている。
普段は口に出来ない甘いお菓子は特に大人気だ。
ちらほらと興にのった侍女の間から歌や踊りも披露されだした。
もともとそうした芸に長けた彼女たち。宴会用に・・と簡単な音楽はちゃんと教養としてそなえているのだ。
そんな中、携帯用の小さな打楽器をめざとくみつけて、一緒になって王妃も加わる。

「まぁっ!!王妃様!!」
「きゃ〜っっ!!楽しい〜っ!!」

古代の楽器を、実際に音をならして演奏できることが面白くてしかたがないようだ。

「ねぇ、ねぇ、これでいいの?」
「ええ。大変お上手ですわ。」

それでは・・・と、中にはわざわざ大きな楽器をとりにゆく侍女もでてきた。
そうしてその後しばらくして本格的な祝いの音楽まで流れ出したのだった。



もちろん女性たちには欠かすことの出来ない噂話もことかかない。
こういった場所や雰囲気なら当然だが、きゃぁきゃぁと誰と誰の仲がいいなどと、あちこちで色々もりあがっている。
ここでなんとなく居心地のわるかったのはキャロルの席の後方で控えていた2人だったかもしれない。
ウナスとルカだ。
周囲の視線が微妙にいつもと違う気がする。(もちろん気のせいではないのだが・・・・)
キャロルから侍女たちと同じく宴会に出席するよう言い渡され、『護衛』という名目は譲らずにここに来ている。女性ばかりの宴でくつろげるわけもなく・・・かといって、キャロルの好意(?)を無碍にも出来ず、二人差し向かいで杯をかたむけている・・・振りをしている。

「苦労しますねお二人さん、黄金のお姫さまに仕えると」
「!・・・ハサンか。なんだお前も呼ばれていたのか」
「・・というか・・・こっちに来たとたん無理やり引きずりこまれちまいましたよ。」

こうまですごい女の園に放り込まれると、さすがに立っているだけで居場所に困る。
(商売をすりゃいいっていわれててもなぁ・・・)
広間の奥の方で同じく居心地の悪そうな様子のウナスとルカの姿をみつけて、ハサンはこの男同士の一角に腰をすえることにしたのだ。
かつて一緒に危機をのり越えて来た馴染みもあって、特にお互い異論もない。
彼らにしても、かえって仲間が一人でも増えてどこかほっとしている部分もある。
ちゃっかり両手に皿を重ねて料理を沢山確保してきていたハサン。でも3人分には少し足りなさそうだ。

「もう少しなにか取って来ましょうかね。隊長、ご希望は?」
「任せるよ。適当に・・・・ああ、俺は酒はいらないぞ。」
「ほいほい。律儀なことで。そちらさんは?」

ずっと沈黙を保っていた傍らのルカにも声をかける。ちら・・とライトブラウンな瞳をこちらにむけて淡々と一言だけ言った。

「同じく。」

相変わらずいいコンビをしているよ・・とハサンは苦笑した。



実は彼ら2人は意外と(?)侍女の間で密かな人気の的なのである。
側に近寄ることすら恐れ多いファラオは女性の憧れの頂点とはいえ、一般人には無縁の天上人。
ウナスやルカについては、やはり『独身』且つ身近なところがポイントで人気を広く獲得しているのかもしれない。
甘いフェイスに隠された鋭利さが売り(?)のルカは若い侍女たちに、
忠犬さながらのアイドル系(?)ウナスはちょっと年上のお姉様方にかなりの人気のようだ。
どちらがタイプだとか、ちょっとした仕草や癖なんかも結構公然の事として事細かに知られている。

「すごい・・・・・まるでファンクラブだわ・・・・」

一緒に混じって聞いていたキャロルはその詳しさに心底驚いた。
ただルカに関してはかなり謎な部分が多いらしく、侍女たちは興味津々でキャロルから今がチャンスとばかりにNew情報を聞き出そうとする。キャロルもそういえばあまり彼のことは詳しくは知らない。

「あのどこか陰をおびているところが素敵なんですよ〜(はぁと)」
「そうよね。ほらお顔が外国っぽいし色白でしょう。北の方の出身って聞いたけど」
「あなた聞いたって・・・まさか本人から?きゃ〜っっ!!」
「いやんっ、そんなことあるわけないじゃない。噂よ噂。」
「姫さま、彼ってどんなタイプがお好みなんでしょうね?」
「・・・そ、それはわたしも分からないわ。・・・聞いてあげましょうか?」
「ええっっ!!! ほ、本当にですか???!!!」
「じゃあ、是非是非お願いします。」
「まあっ!ずるいっ!抜け駆けするつもりね!!」

調子にのって侍女たちが笑いさざめく。・・・と次の瞬間、皆が突然思ってもみない行動を王妃はしでかした。

「ルカー、ちょっと来て。」
「うわっ!ひ、姫さまっっ!!!」

急に立ち上がり手をふって、擬似酒盛り(?)をしていた男性陣に呼びかける王妃。
目の前で直接聞きただそうというつもりらしい。
あとでこっそりそれとなく・・・・という奥ゆかしい考えはキャロルには働かなかったようだ。

「はい?なんでしょう姫?」

規律正しく立ち上がるなりすぐにそばへやってきて、ルカはすっと片膝を折る。
すきのない端正な身のこなしで顔をあげたとたん、周囲が異様な雰囲気で固まっているのに気づいた。
「?????」
周囲の侍女たちがよってたかって王妃を取り押さえている・・・・ような・・・???
もちろん本気で・・・ではなく・・・・ルカからの王妃までの視界を折り重なるように侍女たちが立ちふさいだのでそのように見えただけだが・・・

「〜〜っっ 〜〜っ!!!!」(←後方でじたばたもがくキャロル)
「な、なんでもございませんわルカ。」
「王妃様があちらの果物がご所望なのですって。大皿が重たいので運んでくださいってお願いしたくて・・ね。そうですわよね。姫さま。」
「わたくしたちがあんまり美味しいって喜んでいましたら・・・お気を使ってくださって・・・。」
「そうよ、そうなんです。」
「わたくしたちが運ぶと申し上げても聞いてくださらなくて・・・・でも・・折角来てくださったのでご面倒ですが・・よろしければ・・・」

有無を言わせず次々とかわるがわる言い訳を連ねる。

(姫さま〜!!!絶対だめです〜〜〜っっっ!!!)
ギンと複数の懇願の視線にとりかこまれたキャロル。
そのあたりは女の子同士。
なんとなくキャロルも情況を飲み込んで、おずおずと『うん』と頷く。

「・・・???そうですか?・・・・・・では少しお待ちを・・・」


「ねぇ、本当に聞かないでよかったの?」
「いいんです。こういうことは少しずつ知ることに醍醐味があるんですから・・。もう、みんな調子にのりすぎよ。少しはわきまえなさい」

はしゃぎ倒していた若い侍女たちは横から年上の侍女につつかれ、また大きな笑いが立ち上る。
その華やかな笑い声の中へ、軽々と片手で大皿を運んできたルカ。
キャロルは役目を終えて側から立ち去ろうとしたルカに、ふと『好きな果物を持っていくように』と言い置いた。
(せめてそれくらいなら大丈夫でしょう?)
(はいっ!!はい姫様!!!)
嬉々として陰で頷いている侍女たちに気づくこともなく、ルカは少し考えた風にしてある果物をとりあげ、軽く礼をしてもと控えていた場所へもどっていく。
席につこうかというところで、ふいに後方からまたいっそうの黄色い声の歓声が・・・・。

「おい、なにしてきたんだ?ルカ?」
「さあ・・・。」
「女って・・わからないよなぁ・・・。酒ものまずに、なんであんなに盛り上がれるのかな?おまえやっぱりなにか面白いことでも話してきたのじゃないのか?」
「いや・・・・ただ皿を運んだだけだが・・・・・・・?」

そういって、ぽんと長年苦労をともにしてきた相棒(?)に手にしていたものを手渡した。

「好きだったろ。」
「おっと!」

ウナスの愛嬌のある丸めの瞳が嬉々としてそれをみつめた。
ルカから渡された良く熟れたバナナ
これを嬉しそうにむいているウナスを、あちらで大騒ぎの女性陣は知る由もない。


賑やかな王妃の宴もあっという間に時が過ぎ、もうあと1刻ほどで夕暮れという頃になっていた。
「それじゃぁ、そろそろ準備にかかるんでちょっと行って来まさぁ。」
そう言って、ふらりとハサンは広間を後にした。