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僕らのアイドル
いち、に、さん、しっ・・・ごー、ろく、しち、はち
にーにっ、さん、しっ・・・ごー、ろく、しち、はち・・
「ふーっ、・・・さて・・・・・と、」
おもいっきり腕を空に伸ばして右に、左に、体を回し、足を屈伸したあと大きく深呼吸して息を整えた。
「OKっ、Ready・・GO!」
少し冷気の残る空気がとても気持ちがいい。
東の空にラーの光が差し込みはじめナイルの水面がきらきらと輝きだす。
王宮の人々が朝の支度で騒がしくなるにはまだ少し速い明けの時間。
夜詰めの警護のものなどは、最近、一風変わった事をする王妃の姿を見ることが出来るのだった。
なぜか王妃が走っている。
急いでどこかに行くわけでもなく、ただ、広い庭園の中や、ナイル川沿いの回廊をくるくると・・・・。
しかも簡素な膝丈ぐらいの短めの衣装に、長い髪をみつ編みで一本に無造作にまとめただけという、あまりに軽装な姿で。
それも決まって、ファラオが早駆けで出かけたすぐ後に。
恐らくこれはファラオも知らない王妃様の姿なのだろう。
だれも知らない事を知っているというのは優越感の気持ちをくすぐるものだ。
それに・・・・・
化粧っけのない素顔、煌めき揺れる金の髪、裾から伸びるすらりとした美しい足・・・・
とにかく、無条件に「かわいい」のだ。
(王妃に対して非常に不謹慎ではあるのだが・・・)
夜詰めの兵士達の間では、これを垣間見るのがちょっとした(超極秘の)ブームとなっていた。
ぐるりと何週か庭の中を駆けた後、キャロルは寝室へ続くベランダの前へ戻ってきた。
額に汗が光り、息もすっかり弾んでいる。
「はーっっ、ふう、まだ、・・大丈夫・・よね・・・」
太陽の高さを確認し、きょろきょろと周囲をみまわしている。
( ? いつもならこのまま部屋へ戻られて朝化粧の支度をなさられるのだが・・・・・)
王妃はだれも近くにいない事を確かめると、いきなり床に手をつき、真っ直ぐに伸ばしたままの体を支えて腕の曲げ伸ばしを始めたのだ。
「!!!???」
「な、なぁ、いったい何をなさっているんだろうな・・?」
「しーっ!!・・」
いつもとは違う不可解な行動は、その後更に色々と続いた。
神とも崇める王妃を除き見るなど本当は天罰にも近い罪とは知りながら、どうしても目が離せない・・・
(うわっっ!!!!★▽■○×・・・!!)
中でも座り込み大胆に両足を開いて右に左にと体を倒している時の姿は、若い兵士たちには少々刺激が強すぎたようだ。
薄い紗の間から胸元まで見えそうに・・・・・
宮殿正面からざわめきが聞こえた。メンフィスが帰ってきたようだ。
キャロルは手近の布で軽く汗を拭き部屋の奥へと戻っていった。
湯殿でさっと水を浴びて手早く王妃の衣装を身に付ける。
しげしげと大鏡に映った自分の身体のラインを眺め、ちょっぴり溜息をついていた。
昨日の宴で見た美しい踊り子たち・・・・
豊かなバストにくびれたほそい腰
臣下たちと一緒に見とれていたメンフィスの視線
「・・・・・やっぱり、男の人って、ああいうのが魅力的なのよね・・・・」
そして、自分を省みる。
ほっそりとはしているが子供っぽい体型、どちらかというと小さな胸だ。
「運動不足解消にジョギング始めたけど、筋力トレーニングも続けたら少しはバストアップするかしら・・・?」
衣装の胸元にちょと詰め物をしてみたりて、すぐ肩をすくめた。
似合わないというか、自分で自分が見慣れない・・・。
きっとメンフィスに笑い飛ばされそうなのでやめておく。
「美女はアイシスで見慣れているものね・・・・あーあ、かなわないわ」
遠くからメンフィスの呼び声がする。
いけない、いそがなきゃ。
「おお、キャロル目覚めたか。ん?今日はまた一段と美しいではないか」
「えっ?そ、そう? ほんと?」
「・・・なぜ嘘など申さねばならぬ。まことにそなたは女神の娘。そなた以上に美しいものなど私にはありえぬわ。」
「そんな・・メンフィスったら・・・でも、おせじでも嬉しいわ」
「? だれが世辞だと?こやつめ!」
いとおしそうに長い指が顔をなぞる。もちろんメンフィスは本心からそう思っている。
現金なものだ。
最愛の人に誉められると先ほどの落ち込みなどあっというまに消えうせてしまう。
(ああ、嬉しいわっ。やっぱり美容のためにもエクササイズは続けようっと)
嬉しそうに輝くばかりの笑顔を満面にたたえてキャロルは腕を回しメンフィスに抱きついた。
なんの化粧も施さない素顔のままだというのに、キャロルのすべらかな頬はほんのりと紅を差したかのように薔薇色で、きめの細かい肌は吸い付くような手触りがする。
おもわずメンフィスはその頬に口付け、手にしていた朝咲きの蓮を妃の髪に挿した。
「ふむ。よく似合うぞ」
「まあ、ありがとう。うふふ」
機嫌のよいキャロルの様子に、メンフィスは人目もはばからず唇を重ねた。
幸せそのものを絵にしたようなモーニングキス。
見とれるほど美しい王と王妃の仲睦まじい姿。
その場に仕えるものたちは皆、その光景に自らもあふれる幸福感に包まれるのだった。
ただ、その中のほんの少数は複雑な気持ちをかかえていた・・・。
「目にして良かったのか悪かったのか・・・・」
天上人のイメージのまま仰ぎ見ていたほうがよかったような・・・
でもやっぱりいい眺めだったんだよな・・・
鼻に詰め物をした兵士たちは、輝く笑顔をこぼす憧れの王妃に、ちょっぴり覗き見の罪悪感を感じていたのでありました。
Fin.
2001年 「ししぃの館」投稿作品
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