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流 星
満天の星空――――――
月の無い闇夜はことさらに美しい星の輝きに彩られる。
「素敵だわ・・・・・手が届きそう」
華奢な腕が天空に差し出され、ちいさな指先が星をつかもうと宙を彷徨う。
その腕にもう一つの腕が絡まる。
強く逞しい腕――――――
キャロルは今
愛しい人の肩をまくらに天を仰ぎ横になっている。
涼しい闇夜の庭園
天蓋を取り払ったあずまや
ときおり、二人はここを利用する。
寝苦しい暑い夜には、涼しい夜風のそよぐこの場所が最高に心地よい。
乾燥した砂漠の空気は空の透明度を増し、今にも降って来そうなほど近くに星が輝いている。
まして、視界をさえぎる明かりはほとんど無い。
足元を照らす小さなアラバスターのランプが一つ、ほのかなともし火を揺らしているだけだ。
「本当にすごいわ。ミルキーウェイがはっきり見える・・・・。現代では電気の光や大気の汚染のせいでほとんど見ることなんて出来なかったのに。」
「そなた・・ここにくるたびいつも同じような事を申す。」
「だって素敵なんですもの。いくら見ていても飽きないわ」
「・・・・・・」
「クスッ もちろん・・・・・・・・・・・・メンフィスもよ。」
「とってつけたように申すな」
おでこをクシャリとなでられ、キャロルはくすぐったそうに笑う。
柔らかなキャロルの髪の感触はとても心地よく、心の中までやさしく波打たせる。
メンフィスはこのさわり心地の気持ちのよさから、いつまでもいつまでも妃の長い髪をゆっくりなでおろし弄んでいた。
「あっ!」
「ん・・・?どうした?」
「・・・流れ星・・。あぁ、残念。また逃してしまったわ・・・・・」
「なにをだ?」
「私の未来の世界でのおまじない。流れきる間に3回願いを唱えることが出来たら、その願いがかなうって言われているのよ。」
胸の前で手を組み合わせキャロルは一瞬の内に消え落ちた光を追って、そのまま星空をじっと見つめていた。
そういえば眠る前にこれと同じ仕草をするのをよく見かける。
「・・・・・・・キャロ・・ル」
横目に映された美しい妃のある表情はメンフィスの中で瞬時に鈍い痛みとなって胸をえぐっていった。
暗い闇夜でも彼にはわかる。
かつてよく見たキャロルの思いつめた表情・・・・
淡い輝きを放つ碧き瞳の奥には、今きっと、自分以外の違う何かが映っているのだろう。
何を願うというのか・・・・
吸い込まれるように天上に瞳を上げたままの妃の遠い遠い眼差し。
星空の他には何も映していない青い瞳・・この自分さえ忘れてしまって遥か遠い何かを追い求め見つめている視線。
恐らくその先にあるのは自分の知らない妃の世界・・・・・。
ふいに湧き上がる苛立ちを押さえることが出来ず、腕枕のまま天上を見つめる妃を巻き込むように抱きすくめた。
突然のメンフィスの激しい抱擁にビックリしてキャロルは身をよじる。
それが又、メンフィスの中でつかみようのない不安の広がりを増殖させた。
「メンフィス、メンフィス!!苦しい!どうしたのっ?!メンフィス!うぅっ」
尚も激しく押さえつけ、むさぼるようにキャロルの唇を奪う。
どうしようもなく止められない苛立ちを愛するキャロルにぶつけるが、胸の奥で燻るものは一向に消えてはくれなかった。
(なぜわたしだけを見つめない・・なぜわたしのことだけを求めない・・・・わたしはそなたのことしか考えられぬというに―――――――――)
キャロルの顔が苦しそうにゆがむ。
息も出来ないほど締め付けられてもう窒息しそうになっていた。
苦しさから逃れようと激しく頭を振り、おもわずメンフィスの背に爪をたてる。
「・・・・っつ!!」
きりりと走る鋭い痛みに、メンフィスはようやくその状況を認識した。
腕の中で荒い息を繰りかえす妃の姿・・それでも・・・心の中の嵐はまだ吹き荒れたままだった。
「メンフィス・・どう・・したの?本当に・・・ねぇ、」
険しい表情のままのメンフィスにキャロルは驚きはしたが、それ以上に心底彼の苛立つ様子を心配した。
自分が原因だと露とも知らず・・。
呼吸を整え見つめなおす。
「・・・なにか心配事でもあるの?」
「・・・・・・・」
メンフィスは答えずにそのままキャロルの胸に顔を埋め突っ伏した。
力強いしなやかな両腕がキャロルの背に回され絡みつき、じっと動かず抱きとめる。
キャロルが少しでも動こうとすればたちまち力を込められ、無言のままそのままでいることを強制した。
キャロルの胸元で熱い呼吸が規則正しく息づき続ける。
「・・メンフィス?」
また無理やり上から押さえ込まれ少し慌てたが、不思議と先ほどのような威圧感はなかった。
いや・・それよりも・・・これはとてもそんなものではなくて・・・
(・・・・・これって・・なんだか・・・・・)
――――――甘えてしがみつかれているような・・・・・
自分よりずっと大きな逞しい身体が、わが身を求めて離れるのを恐れるかのように抱きついているような・・・そんな感覚だったのだ。
(まるで大きな赤ちゃんみたいね・・・そんな事言ったら、また物凄く怒り出しちゃうでしょうけど・・・)
こっそり口元をほころばせて、手をそっとメンフィスの頭に添わす。
すべりの良い黒髪をいとおしむように触れていると胸の上でメンフィスが身じろいだ。
かすかにあわく頬擦りをするように・・・・・・。
しばらくの間そうしてキャロルを抱きしめているうちに少し落ち着いたのだろうか、放しはしないものの、メンフィスのきつく絡んでいた両腕が次第にふわりと緩んでいった。
キャロルは胸の上に覆い被さるメンフィスのうなじに両手を添わせて指を組み、そのまま、また星空の輝く遥か彼方の天空を見上げた。
「・・・・・そなたの鼓動が聞こえる・・・・・・ここに・・・わたしはいるのか?」
「・・・え?」
「わたしの中には・・・・そなたしかおらぬ・・・・」
突然のことに何のことやら見当もつかず、キャロルはその時なんと言って答えれば良いか分からなかった。
「何処へもやらぬ。・・たとえ・・・ハピがそなたを呼んだとしてもだ・・・・・・・・・」
「メンフィス?」
軽い寝息が聞こえる。
メンフィスはその後しゃべらなくなった。
でもまわされた腕はそのままに。
端正な横顔をキャロルはそっと覗き込む。
(眠ってしまったの?・・・・)
静かな呼吸の振動だけが伝わってくる。
伏せた睫毛は見とれるほど長く優美で・・女性であってもこれほど美しい顔立ちはないだろう。
考えてみれば、こんな無防備な寝顔のメンフィスを見るのは初めてだったかもしれない・・・。
普段いつも先に眠りにおちるのはキャロルだった。目覚める時も、たいていメンフィスが抱き起こすか、自分から瞳を開けても、枕もとやその視線の先には既に起きてじっと見つめ返すメンフィスがいた。
毒に倒れたときでさえ、浅い浅い眠りで・・・・
気を休めることなど許さないかのように、いつも神経を研ぎ澄まさせている。
(それがファラオの条件なのかもしれない・・でも・・・・せめて私の側にいるときだけはこうして翼を休めていられるようにしてあげたい・・・・・・わたしが貴方のオアシスになれるならどんな事でもしてあげるわ・・・・。)
ずしりとした重みが身体にかかったままだったが、苦痛は全く感じない。
むしろそれは不思議なほど安心できる重みだった。
絡みつくメンフィスの頑強な鎖・・・幸せな愛の楔・・
「何処にも行かないわよ。メンフィスったら・・・。」
くすくすと声もなくキャロルは笑う。
そしてそっと両手を組みなおして瞳を閉じる。
(主よ・・・愛しい人をお守りください・・・私の命より大切なこの人を・・・)
毎夜眠りつく前のキャロルの習慣。
この過去の時代から遥か未来に生まれる神に祈りを捧げるのも奇妙ではあるが、身についた習慣は覆せない。
もっとも、祈りの言葉は自分や家族へのものから、愛するメンフィスへのものへと変わったが。
天空にまた一つ、煌めく一筋の光が流れゆく
儚い祈りなのかもしれない。
けれど祈らずにはいられない。もしも本当にかなうなら・・・
星が流れるたびキャロルは叫ぶ――――――
愛する人の命を奪わないで・・・
Fin.
2001年 「ししぃの館」投稿作品
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