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神の一族






「神の一族・・ねぇ・・・。」

そうなるのか。
そうだよな。
キャロルが神の娘なら、ボクは神の娘の兄・・っていうか『神の息子』。
うわー。イエス様みたいな響きだな。

ひっそりと神殿の奥で生きていた『彼女』は僕をそう呼んだ。
初めて会った時からずっと・・・僕は彼女にとって人ではない扱いだった。
・・・だからこそ僕は『彼女』と会えたのだが・・・。

『神の后』に。





「それでは、ロディさまも未来が見えますの?」
「え?」
「ナイルの王妃様は未来を見通すお力がおありでいらっしゃるから・・もしかして」
「未来ねぇ・・・」

「・・・見えるといえば見えるのかな?」
「まぁ!! そうなのですか?やっぱり! 」
「(ふっ)・・・・・・・やっぱりって?(微苦笑)」
「すごいですわ!!どんな風に未来というものは見えますの?」

興奮気味に目を見張る少女。
気位は高くても、年相応な表情が時折ぽろりとこぼれる。
魔法だ魔力だと・・・マジカルな話題が大好きなのは世の常か。

「やろうと思えば予言くらい簡単だよ。・・・・・・だって僕は未来の人間なんだから。出来て当たり前さ。」
「え?」

余裕綽々で恰好つけて。
くすくすと笑う自分を彼女は興味津々で見上げてくる。

(まるで昔のキャロルみたいだな・・・)

思わず頬が緩んでしまう。
こんな感じ・・・懐かしい。
面白いぐらいに誰かさんもよくひっかかって・・・法螺話に怒って泣いて

「そうだな。じゃあ、身近なことで教えてあげようか。例えば・・・今後、君が絶世の美女になって僕に首っ丈になるのが見えるよ。」
「ロ、ロディ様!!!・・・・もうっ・・・! い、嫌ですわ!!///そんなご冗談・・・・」
「そう?おかしいな。・・・かなり的中の自信はあったんだけど。」

にこっ

「そうか・・残念・・・。 じゃあ『へぼ預言者』はもうすこし能力をつけてから出直すとしよう。」








はじめは、その存在への好奇心だった。
噂を聞いて・・・会ってみたいと、ふと浮かび上がった本当に純粋な好奇心。

太陽神殿の奥殿に住まう巫女姫がいると聞いて・・

だめもとで足をむけたら、案外簡単に通してもらえてしまったんだな。これが。
ナイルの王妃様・ハピ様万歳だね。
巫女である彼女自身に触れることだけは・・指一本たりとも神の領域を侵すとかいうことで禁忌だったけれど。


そして・・・・
彼女と会うのが楽しくなった。
多くて週に1度ごと、お茶がてら古代エジプトの習慣や行事、神事なんかも教えてもらうようになって、随分こちらの事情に詳しくなれた。
世間から隔絶されているからかな。周りを気にしなくていいから・・・話していてもリラックスできたしね。
そう・・・変な緊張感で取り繕うことを必要としない数少ない相手だったのだと思うよ。
考古学者の端くれとしても非常に興味深い相手でもあったしね・・・。
こちら(下エジプト)にいる間、彼女に会えるのは僕にとってとても楽しい時間となった。

なのに・・・・・この楽しいひとときもこれまでとなるのか・・・。
残念だな・・・・・。






「あの時の・・・・一番最初にお会いした時、ロディ様の仰った『予言』は・・・覚えておいでかしら?」
「ああ、そういえば初めてお会いした時は随分失礼な事を言ってしまいましたね。」
「失礼な?」
「・・・見た目だけで・・貴女を年端もいかない女の子としてからかってしまった。」
「・・・・・・・わたくしを一体いくつだとお思いになられましたの?」
「10歳ちょっとぐらいかと・・・」
「それはまた・・・・(くすっ)酷いこと・・・・でもしかたがありませんわ。こういう体ですから。」


小柄な彼女は・・・・成長が止まったかのような面立ち、姿で・・・・。
それでも今の妹と同じぐらいの年齢だと知るまでそう時間はかからなかった。
エジプト人にしては色素が薄く、瞳の色もかなり薄い・・・
どうやら古代で頻繁だった貴族社会の同族婚姻が続いた影響らしい。
その身の普通ではない様相から、神に準じる巫女として人との関わりを絶つことになったという。
少女のような見た目にそぐわない、古風で聡明な言動に戸惑うこと数日――
貴重な古代の習慣や言語を教えてもらいながらあっという間に月日が過ぎる。
その間に、彼女が相当長い時間をかけて神職についていたことが嫌というほど分かった。

「恥じ入るばかりだよ。今となってはね。」
「でも嬉しかったのですよ。それこそ10ぐらいの頃からわたくしの話し相手はずっと老神官と風や鳥たちぐらいだったのですから。神の一族の方とお近づきになれて・・とても楽しかった。」
「お綺麗になられた。お会いしてもう1年ですね・・・」
「聞いては下さらないの?」
「何をですか?」
「あの予言が当たったのかどうか」
「・・・・・・・それはもちろん当たったでしょう?」
「ふふっ・・・。確かに・・・・・・半分は。」
「半分?」
「そう。半分は当たりましてよ。」
「ふぅん。(にこっ) ・・・じゃあ、『僕に首っ丈』になってくださったわけだ。」
「『絶世の美女』になったと言って下さいましな。」
「おやおや。素直に全部当たったと仰ればいいのに。」
「あら、失礼ながら『ヘボ預言者』でいらっしゃるのでしょう?少しばかりおもてになるからといってちょっと自意識過剰になっておいでではなくって?」 
「絶世の美女と堂々と言い張れる君も大したものだよ。」
「本当の事でしょう?何か間違っていて?殿下(にこっ)」
「(くすっ)いいえ。・・・・そうだね。 ・・・・でも本当に・・・・・本当にお綺麗になられたよ。それに・・・・・貴女はとても 『お優しい』。 聡明で機知に富んでいて・・・そのうえ心根がお優しいとくれば・・・・・・誰にも貴女に手出しは出来ないね。」


僕は肩をすくめて笑った。
彼女も笑ってこちらを見上げる。

「・・・・・意地悪な方だわ。・・・あまりあからさまに褒めちぎって追い詰めないで下さる?」
「お気にさわったなら申し訳ない。」
「貴方様の言葉は人の気持ちを簡単に揺らしてしまうから・・・」

「そうかな。。。 ・・・・言葉なんて、本人が信じるか信じないか・・それだけと思うけどね。」
「ロディ様・・・・・」
「それが『嘘』だろうと『真実』だろうと・・言われたことがどうであるかを決めるのは受け止める側。予言だって本人が信じれば『嘘』も真実になったりする。」
「・・・・・嘘・・?」
「嘘ですよ。全部。・・・・貴女が『そう』思えば。」
「・・・・・」
「・・・やっぱり意地悪かな?」
「ええ。・・・とてもとても・・・・意地悪です。」

--- 逆にわたくしが真実と思えば・・・全て本当の事と・・・?
貴方が今までわたくしに下さった言葉は、みんな・・・みせかけでなくまぎれもなく本当の事・・・そう思えと?

でも・・・・・・わたくしが本当に触れてみたかったのは・・・
貴方の嘘の底に眠る貴方自身でしたのよ・・・・


「・・・・」
「ロディ様は・・・・わたくしを好いてくださっていらしたのでしょうか?」
「ええ。もちろん。とても好きですよ。」
「・・・・そうではなく・・」
「・・・・」
「・・・一人の『女性』として・・・ですわ。」

「・・・貴女が生きていくのにどうしても必要であれば。『愛している・・』と申し上げましょう。・・・君が望むだけいくらでも。『巫女殿』。」

ほら、また・・・・
すぅっと暗い洞窟の底に『貴方』が消える。
キラキラとした水面の光だけが見えるように残して

「(ツンっ)・・つれない方ね。・・・やっぱり半分だけにしておきますわ。・・・貴方様のお気持ちはいつも裏返しではっきり口にされないんですもの。お芝居ばかり。・・・お優しいようでいて少しも・・実は誰にも心を許していらっしゃらないからでしょう?・・・誰にもね。・・・回りくどくて天邪鬼で・・・・そんな風に優しげに穏かに笑っておいでになりながら沼の底の貴方の素顔は絶対お見せにならないのよ。誰かの前で本気で泣いたり笑ったりなさったことあって?・・・本当にずるいお方だわ。」
「・・・・・・うん・・しかたがないな。そういう性分だからね。」
「・・・その綺麗なお顔、『仮面』であることをお認めに?」
「言動に本性が出ないのは・・・結構自覚があるからね。でもそれをはっきり直接言われることは稀なんだよ。見抜いている人も限られるけど・・。さすがだね。・・・王様にはよく突っ込まれて内心カチンとくるけど、人柄かな?君に言われると不思議と素直に頷けるよ。」
「いくら持ち上げても・・本音をお答えくださらないなら同じですわ。」
「じゃあ、言い直しましょう。 『大好きですよ。誰よりも貴女が一番・・とはいえないけれど。』」

「・・・・最後の最後まで・・・・ずるい方。」

「・・・・そうだね。でもあからさまな嘘よりずっといいと思う。僕にとってもね。これが君に言える精一杯正直な・・裏も表もない本当の思いだよ。それに・・・僕が神様だというのなら・・・君にだけえこひいきをしたらダメだろう?」

「・・・・・」

「君は僕を神の一族だと信じている。・・・・だったら僕は出来うる限りそうであろうと思う。・・うん、そうであってあげたいと思うよ。たとえお芝居でもね。――君が好きだから。」
「・・・・ロディ様」
「僕は君が元気でいてくれる事が一番嬉しい。君が僕を好いてくれてるっていうのもとても嬉しいんだ。本当のところ・・この世界に来る前から、僕は君のような古代のシャーマン的存在の女性にずっと憧れていたぐらいなんだよ。本気で恋焦がれてたって言ってもいいくらい(微笑)。・・君にはよく分からないかもしれないけど・・実際に実在していた君に会えたことが僕には本当に嬉しい。だから・・・君が夢を見ることでこれからの君の人生が明るくなるというなら、いくらでも夢を見せてあげる。望むなら君に何かの約束をしてあげてもいい。」
「えこひいきはされないのではなかったの?このわたくしに・・・お約束を下さるの?何でも?」
「幸い、口約束は制限なしだからね(くすっ)。」
「そういう事だけは、はっきり仰ること・・・・嘘つきで・・・・本当に・・・意地悪でいらっしゃるわ。」
「うん。  ・・・君は誇り高い人だから・・・ 本当に望むものほど口にしない。それに・・やっぱりとても優しいんだよ。・・・・どうしても最後は人を困らせることが出来ない。だからといっては失礼だけど、君が口に出す望みは安心してなんでも約束してあげられる。」
「買いかぶりですわね。わたくしは意外とわがままですわよ。」
「そうかな?」
「・・・・・じゃあ・・・本当に望みを申し上げても宜しくて?」
「どうぞ。(にこっ) 」 
「・・・・・!・・・・」

こともなげに、すい・・と伸ばされた指先・・・・

僕の『大切な』君たっての願いだ。・・・どうしてだかね、君のためなら今・・・ほんとに何でもしてあげたい気分だったりする。」


「だから・・・・・・僕の手でよければ・・・・・・取ってくれてもいいんだよ。」


ロディ様・・・

今の貴方様は・・・
神々独特の神々しさと・・・
魔の誘惑が重なっているかのようですわ

本当にどうしてそんな風に透き通った微笑がおできになるのかしら?
見ほれてしまうほどの・・あまりに綺麗な微笑
黄金の髪の合間にすけて見える不思議な青い瞳・・・・
貴方こそ・・・・・優しくて・・・優しすぎて・・・
だけど・・・なのにどこかいつも奥底に寂しいほどに冷たい何かがあるようで。
確かに今、目の前で優しく微笑んでおいでなのに・・人に見せない別の・・恐ろしいく無表情な貴方も一緒にそこにいる事をわたくしは感じてしまう。
一度も目にしたことがないというのに・・不思議とそれが分かってしまっていつも『恐い』とも思ったものですわ・・・
何故か分からないけれど・・この方を前にすると、普通の人にはないものがそこにあるような感覚が襲う。
ずっと感じていた・・・会うたびに。。
誰にも心の奥を見せることを許さず・・・その冷たい何かをいつも綺麗な嘘にくるんで穏かに立っている人・・
・・絶対に壊れない冷徹な何かが・・柔らかな優しい人の形で存在しているような方だと思ったのだ。
だからまた・・・・・恐くても・・・『それ』を奥底まで覗き込んでみたくなる
・・・・・・とらわれたように目を離せなくなる



・・・これが神でなくして何だというのだろう。。。。


「・・・・・・・・・」
「君が本当に望むなら・・・・僕が君の『手』をとってあげてもいい。・・・・・・そうしたいなら叶えてあげる。・・・僕と一緒に『外』に出るかい?」

たとえ差し伸べられたその手を取っても・・・・「貴方自身」の裏側のお顔は決して目にすることはできないだろう。
・・・誰にも 本当の自分を見せることはしない人なのだ・・・・・・

けれど・・・・その誰のものにもならないはずのこの方が・・今だけは・・自分のために微笑んで・・自分の為にここにいてくれる
同じ時間を2人でいることを望んでくれて・・・
嘘でも・・・その優しいお顔のまま・・「愛しているよ」とまで囁いてくれる
それが冗談だと・・・・上辺のお芝居だと分かっていても
愚かにも・・・・・・嬉しくてたまらない・・・・

「・・・・・・」
「巫女殿?」

やっぱり・・・なにも言えなくなる

その空色の瞳に見つめられていると、それだけで幸せなのだ。
ほんのひと時とはいえ、この方を独り占めをしている上に・・・
・・・それ以上のわがままなんてとても言えない・・・

(その手に触れて・・・・『人』に戻ってみたい・・・・・なんて)


ダケド・・・・・タダノ ヒトニ モドッテシマッタラ・・・


「どうしたの?」
「・・・・・悔しいですけれど・・・・・貴方の言うとおりですわ。・・・降参です。・・・・わたくしには貴方様を困らせたりする事なんてできません。・・・お手を取ることなど・・・・絶対にできません・・・。」
「・・・・・・・」
「わたくしにとって貴方様は本当に神ですもの。」


キット・・・フリムイテモ モラエナカッタ





――― いつものとおり2人で歩く神苑の中
光が苦手な体でも、ここを歩くのは好きだった。
光のような貴方を・・こんなに近くで・・・・門まで見送ることが出来たから・・・・・

でも・・・この場所とも明日にはお別れ。
隣を歩く貴方は・・・初めて会ったときと同じように・・変わらない優しい笑み。
裏側のお顔はついに最後まで分からなかったけれど・・・

「わたくしが何もいえないって仰ったけれど・・・それも・・ロディ様の『予言』でしたのかしら?」
「いや、『確信』・・・だね。 ・・・・現に、誘惑しても君は落ちなかっただろう?」
「まあ・・お人の悪い事。・・・・・何もかもお見通しなのですね。・・・・でも真実よ。とても悔しいけれど・・・」
「・・・・・・」
「わたくしが本当に望む事を知っていらっしゃるのに・・・・それを言えなくさせてしまうんですもの。」
「・・・・・性根(しょうね)が悪くて嫌になるよ。」
「ですが・・・・・貴方様が『わたくしの望み』を知ってくださっているということは・・・それだけで嬉しいこと。」
「巫女殿・・・」
「よいのです。自分のさだめは逃げずに生き抜くと決めたのです。出立前にわざわざ会いにいらして下さって・・・・それだけでも光栄でございますわ。・・ありがとう存じます。なにより・・・男の方とお話できることなど一生ないと思っておりましたもの・・・・。ご一緒できた日々・・・とても楽しゅうございました。」

「・・手紙を書くよ。・・・君の教えてくれたヒエログリフでね。『先生』」
「・・・・」
「へたくそだけど・・間違ってたら・・また直して教えてくれると嬉しい。」
「・・・・・」
「『神』に嫁ぐなら、君は僕の『親戚』になるんじゃないか。考えてみればそうだろう?僕が神の一族だっていう君の言によればね。 だからさ・・・近くに行ったら必ず会いに行くから。親類のよしみでね。間近に話すことは出来なくても・・・・できれば追い返さないで欲しいな。」
「・・・・・・ロディ様ったら・・・(くすり)」


うっすらと微笑を浮かべて・・・
少女のような彼女は瞳を閉じた。
・・・そんな可能性はほとんどないだろうと思いながら。

これから旅立つ神殿は下エジプトから遥かに遠いイテルの最上流・・・
神の為にだけ舞い、謳い讃える日々が始まる―――


「では・・・・またいつか・・・・いつかわたくしに会いに・・お立ち寄りいただけますか?」

「ああ。・・・必ず。」



・・・・・必ず会いに行くよ。




高貴で聡明な巫女姫 

かつて魅せられた古代の壁画の神々にも似た彼女・・
近寄りがたい神秘さを漂わせていても・・ふとよぎるいじっぱりな横顔が「人」であることを思い出させる


誰も触れることができないその指先
その手の綴る優雅なヒエログリフ

君は僕を神だといったけれど・・・・
本当に神に近しいのは君の方だよ
僕が小さい頃から憧れた・・・清らかで優しい古代の巫女姫。

・・・君に必ず会いに行くよ。

過去か未来か現在か・・それは分からないけど
・・・いつか『どこか』で。。。。
またきっと・・君を見つけるよ。


それは『約束』してあげる・・・・




Fin.


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