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灰色の雪
灰色の雲からおちてくるごみのような黒い雪
息も凍りつく冷たい空気
けれどそれが・・・ときおり堪らなく懐かしくなる
イギリス北部の冬は暗くて長い
どんよりとした空が延々と続き、いつまでも閉ざされた陰鬱な空気につつまれる。
目に見える回りの大抵は「灰色」という感じ。
空も石造りの家々もどんよりした一面「ダークグレー」の世界。
確かに雪が降り積もれば反射光でなんとなく白っぽく明るくなるのだけど、なにせ冬は日がなかなか昇らない。
炭色と灰色・・・白黒写真のようなモノトーンな風景。
「なぁに? エジンバラの話?」
「まぁね。」
「古い古城が多くて、あの街自体空気がミステリアスよね。・・・・スコットランドのおじい様のお屋敷もなんだかちょっと怖かったわ。」
「・・・・・そうだね。」
「ちょうど今頃、一番日が短い季節だよ。」
朝から日暮れまでまぶしい太陽に焼かれるようなこの場所とは雲泥の土地
「・・・・灰色の雪が降っている頃だ。」
「灰色?白でしょ?」
「『灰色』だよ。」
僕はエレメンタリースクールの時、母の実家のあるエジンバラにいた時期があった。
冬には雪原に大の字に寝転がって降り落ちてくる雪を見あげていた。
不思議だった
落ちてくる雪がまるで暗い灰色の大きな羽虫のようだった。
雨と違って音がない
ゆるゆると次々に落下してくる不思議なリズム
絶え間なくいつまでも途切れることのない大量の灰色の群れ
一種異様で不気味にさえ思えるその光景を何度となく眺めて・・何度となくそのまま降り積もる雪に埋もれた。
そしてそのたび何度も兄さんに怒られた。
探しに来てくれた兄さんに負ぶわれて・・その背から見る雪は決まって豹変した。
・・兄さんの黒い髪に舞い降りた雪は対照的にまぶしいほど白くて、そして改めて回りをみまわしてまた何度もその白さに驚いて・・・
確かめるようにもう一度そのまま真上を見上げてみると・・・やはり見間違いではないあの黒く灰色の雪が変わらず空一面に舞っていた。
そしてそれは・・兄と自分を灰色のその下に埋めてしまおうという悪意の意志さえもって落ちてくるような気までした。
天空にあるときは羽虫の大群のようにおどろおどろしい姿をしているくせに
目線に落ちてきた瞬間姿を変える・・・・・白く綺麗な純白へ
この違いはどうだろう
頭上にあるほとんど大部分はこうして陰鬱な暗く重い影をまとって飛んでくるのに・・・
・・・そして何故かそれに誰も気づかないし目も向けない。
「雪は白い・・誰もがそう信じて疑わない。・・・確かに間違いじゃないけどね。」
「よくわかんないけど・・・白じゃない雪があるってこと?エジンバラだけは石炭か何かのせいで灰色がかっているとか・・」
「・・・・いや、白でいいんだよ。」
「・・・?」
「エジンバラもニューヨークも降っている雪は同じだよ。どこでも降ってくるのは白い雪。それは間違いない。・・・だけど僕はどうしても同じ雪に灰色の雪を見てしまう。」
「???」
光の違いだということぐらい今ではよく分かっている。
上から見れば白、下からみれば影 それだけのことだ。
でも・・・同じものがこれほど姿を変えるという衝撃は、原理を理解している今でも忘れられない。
「・・・・・あの雪のせいだろうな。僕がこんな風になったのって。」
「白を黒だっていうところ?・・・確かに兄さんって何かと天邪鬼。」
「・・・ただ見たままの真実を言っているだけなんだけどね。僕は。」
灰色の雪が降ってるよ
そう言ったとき、兄はこともなげに真上を見上げた。
「ああ、そうだな。」と。
否定をすることもなく、自分と同じ視点で・・・僕の言っている意味を分かってくれた。
空を覆い尽くす黒い影の群れを見上げて。
今のところ他のだれも兄と同じ事を言ってくれた人はいない。
同じ言葉を投げかければ、みな一様に不思議そうに首をかしげ瞠目する。
なにを言っているんだ、この真っ白な雪の景色に、目がおかしいんじゃないかと。
あの古い屋敷の回りは今頃一面の雪景色だろう・・・
見上げると見えたあの頭上の雪の群れ
暗く重く 時に恐ろしさも感じた「灰色の雪」
あれは絶対に忘れたくない
忘れられない光景・・・・・
一緒に見上げてくれた兄さんの背も。
・・・・だから時折たまらなく懐かしくなるのかもしれない。
Fin.
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