王家の谷へ

月満ちる時



この眼に届いたその瞬間・・・・その星はもうその時存在しないという。
そんなことをふと思い出した。


オリオンの三ツ星
北斗七星
クロスの形の白鳥座・・・・

知っている星座はとても少ない。
けれど、この世界に来てからの方がずっとよく天空を眺めることが多くなった。
月の満ち欠けも、現代の世界ではほとんど気にもとめていなかったのに、今や日常の不可欠な暦として毎日その姿を眺め見るようになったと思う。
新月、満月の繰り返し
同じ月がめぐってくるたび、「ひと月」の時間が通り過ぎていったのがわかる。
いろんな行事がその月ごとあって、それぞれ違う・・・。
でももうそんなひと月ごとの儀式もこれで何度目かしら?
あの儀式・・この祭礼・・
記憶に残るようになったのはそれだけ繰り返したということ。
めぐり行く時・・・・・
おかげで月の形を見ただけで、また月の登っている位置で、およその時刻までも分かるようになった。
空がそのままカレンダー
だから夜になると・・星空を見ると殊更に『時間』というものがとても身近に感じられる。

月明かりの眩しい宵は長い夜。
満月の夜
日が落ちてすぐ東の地平線に輝く月光がそれを知らせてくれる。
この日は特別な日
夕餉の時刻から満月が天高くあがるまで、ずっと貴方と二人きりで過ごすのが決まりごと。
・・・・それも・・・定められた『王家の儀式』

月が満ちれば
貴方の時は私だけのもの

貴方が来るわ
もうすぐここへ

扉の前に跪き貴方を待つの
王妃の正装でひとり
月がのぼる
月光がわたしの影を長く形作る・・

エジプト王妃―――
わたしは古代の王妃

ときおりそれが信じられなくなる
こうしてたった一人でいればいるほど・・・


綺麗な星・・・

水蒸気の少ない乾燥しきった空は、その地上に最高の星空をうつしだす。
何万光年も彼方から気の遠くなるような時をかけて、この地にとどいた細い光。
確かに今その輝きはこの眼に見えているけれど、今わたしが見ているのは遥か過去の光なのだ・・・。
その星が何万・何十万年も・・何億年も前に放った光の断片・・・・遠い遠い過去の遺物
この光がわたしの眼に見えた瞬間、この地球にその光がたどり着いたこの瞬間、すでにその星自体は一生を終えて存在していないかもしれないのだという。
不思議・・・・
確かに見えているのに
ちゃんと輝いている姿がみえるのに
もうそこには存在すらないのかもしれないだなんて・・・

あの光はずっとずっと過去の、太古の地球が生まれたころ放たれた光なのかもしれない。
むこうに見える小さな輝きはこの銀河の出来た頃のもの・・・?

今この瞬間に生まれたばかりの星の光をわたしが見ることは決してない。
でも遥か遠い未来に生まれるだろう人の目には届くのだろうか・・・
わたしが今いる時の光を・・・・


消えてしまったはずのものが見える
どこか似ていると思う。
まるで・・・わたしの今が・・・・・・・・
確かなようで不確かな現実
本当はもう存在しないはずの世界がわたしの周りに確かに存在している。


「・・・待たせたな・・・・・・・・・」


確かに貴方はそこにいる・・・現実に私の瞳のなかに
星空をみていると・・貴方も星の光と同じに思えることがある。
遠い過去に生まれたあなたが・・触れることができないはずの歴史の果てにいた貴方が・・私の目の前に確かに見えているのだから。

人が通常理解できるのは目に見える世界・・
この眼に認識されるのは光がみせる世界。
眼球から脳に伝達認識された光の映像を、自分の周りの世界として構築して理解する。
それがふつう・・人の・・わたしの認識する世界・・・・
でも・・こうして考えてみれば・・この眼に見えるものはとても不確かなものなのだ

温かい・・・苦しいほどの貴方の腕
そうしてやっと安心する
幻影ではない・・過去の陽炎でもない・・・確かな貴方の存在


満月の夜は特別な夜
貴方を一人待つ静寂がときおり不安を呼び覚ます
・・・・この不可思議な時を越えためぐりあいを―――

だから・・幾度も貴方のぬくもりを確かめてしまう
これは現実なんだと
夢ではないのだと

この手に触れるあたたかさ
血の通った広い胸


「キャロル・・・」



満月の夜は特別な夜

貴方が愛しくてたまらない・・・・・

このままでいて・・
ずっと抱きしめていてくれないと貴方が消えてしまいそうだから




Fin.


            王家の谷へ

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