王家の谷へ

キャロルの腕輪



「ファラオ!!! ファラオっ!!!」
「・・・・! 」
「ご覧下さい、これを・・・・!!! 焼け跡の砂の中に『これ』が煌いて落ちておりました!!」
「・・・これは・・?! ・・・・女物の・・・金の・・腕輪・・」
「はいっ!!」

腕輪―――!!!


「!!! これは!!!  ・・・・・・・・・・・・・キャロルの腕輪だ!!!」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


《綺麗ね・・・ わたしこれがいいわメンフィス。》

小さな手に取り上げられた細い金の腕輪
宝石商の並べた数ある装飾品の中から妃が選んだのは、非常にシンプルな金の腕輪だった。
細く繊細な一品ではあったが、なんの宝石も揺れる飾り金具もついていない、どちらかというと見た目に非常に地味な腕輪だ。
そう。・・・・ただの金の輪でしかない。
どこでも手に入りそうな、何の変哲も無い腕輪・・・・・・・

「・・・・・・・・それでよいのか?」
「え?」
「気に入ったものならいくらでも選べ。他にはいらぬのか?」
「?」

なぜもっと選ばなければならないのか?と不思議そうにキャロルが自分を見上げたので、メンフィスは物足りなく思いつつもそれ以上問いかけることを止めて、宝石商に愛妃の選んだ黄金の腕輪を何連か納めるよう命じた。

「――――ねぇ、これに細工はできるかしら?」

宝石商が退室しようかというときに、キャロルがぽつりとつぶやいた。

「・・・・・・・細工だと?」
「ええ。・・・・でも・・・これとっても細いから難しいかしら?」

キャロルはそれをさっそく腕にはめて使い心地を確かめていた。
珍しく素直に気に入ったらしく、その場で嬉しそうに光にかざし煌かせている。
「どのような細工をご希望でございますか?どうぞ何でもお申し付け下さい王妃様。」
うやうやしく老齢な宝石商が頭を下げた。
「・・・・・・あの・・・・・こういうのを彫りこめるかしら・・・・」
手元横においてあった筆記具をとり、カリ・・とパピルスの紙片に書き付けられたものを、メンフィスは興味深く覗き込んだ。
妃の望みの細工とは一体何であろう・・・?

「・・・・? ・・・・・なんだ?この文様は?」

即答はせずに、キャロルは宝石商にその紙片を手渡した。
ふわりと淡く、えもいわれぬ微笑で微笑む。
「表面じゃなくて・・腕輪の内側に見えないように・・・・。・・・・・できる?」
「は?内側に・・・でございますか?・・・・・・それは問題ございませんが・・・・この通りに彫ればよろしいのですね。」
「ええ。そう。できるだけ目立たないように・・・小さくね。(にっこり)」
「?????」




「何かの護符なのか?」
二人きりになってから、キャロルにメンフィスは問いかけた。
「文字のようにも見えたが・・・あれは何か?」
「さっきの腕輪のこと?」
メンフィスは気になってしかたがない。
意味の無いことなどキャロル人に命じたりはしない。

微笑を浮かべて青い瞳がメンフィスを見上げる。
そしてキャロルはもう一度筆記具を取って、先程と同じものをパピルスの上に書き込んで見せた。
カリリ・・・とゆっくりと音を立てて、曲線と棒が組み合わされた見慣れぬ筆跡が表れる。

「内緒よ。メンフィスにだけは『意味』を教えてあげるけど。・・・・これは未来の文字だから。」


C A R O L


「『キャロル』と読むの。・・・・私の名前のアルファベット。本当の正式な私の名前を表した文字よ。」
「そなたの・・・名前?」
「これを読めるのは未来の人たちだけ。・・・本当はこの世界に残してはいけないのだろうけど・・・わたしがここに生きた証にしておきたくて・・・・・・。」
「・・・・・・・・・」
「父がつけてくれた名前なのよ。わたしの名前ってね、わたしの生まれた世界では『神様への賛美歌』っていう意味があるのよ。なかなかおめでたいでしょう?」
くすくすとキャロルは笑う。
「・・・確かに護符のようなものかもしれないわね。名前ってその人の一生のお守りでもあるそうだから。」
「・・・・・・・・・・」

メンフィスは食い入るようにキャロルの書いた文字を見つめていた。
神聖ななにかを見るかのように。真剣に。

「メンフィス?」
「・・・・キャロルの名は・・・・このように書くのか・・・そなたの・・名・・」

「あ、あのね・・・・ さっきも言ったけど、それはとっても『内緒』の事だから・・・ 実際、この世界にはあってはならない文字で・・・・・」
「わかっておる。神々の使う文字なのであろう? もちろん誰にも申さぬ。」

神妙に答えたメンフィスを見て、いくぶんかほっとした面持ちでキャロルは爪先立った。
王の頬に触れた小さく柔らかな接吻。

「・・・ありがとう。絶対秘密よ。わたしと貴方だけのね。」
「うむ。・・・・・・・・」

二人だけの秘密ということが彼の心を浮き立たせたのか・・
満足そうにメンフィスは目を細めた。

「・・・・・・・ではそなたの本当の『名』は わたしだけが読むことができるわけだな。」
「神への賛美歌か・・・ そなたの名は美しいな。 キャロル・・・」

愛しげに金の髪をなでおろし、額に口付けをおとす。

「誠に・・そなたは神々の祝福を一身に浴びている・・・。
 我が妃よ。サーラー(地上の神)なるわたしもそなたの名を呼び続けようぞ。そなたに永遠の加護を・・・」
「メンフィス・・・」







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「これは・・・・・!!!!」


摘み上げた指先に煌く、ごくありふれた黄金の腕輪
朝日の中・・その内側に光る細い小さな小さな彫刻
それは・・・己のみに読むことを許された神の文字だった。


「・・・キャロル・・・・・!!」

メンフィスの体に歓喜が走りぬけた。

手の中に光る愛しい者のちいさな名
何の手がかりもなかった広大な砂漠の中、キャロルの命を抱きしめた気がした。
細い煌きが導いている
そなたの居場所を
強烈な磁力を帯びて、その名を冠する主の方角を指し示しているようだ。
きっと・・・そうだ!この砂漠をエジプトへ・・・!!
確かにそなたは無事にエジプトへ向かっている
なぜか今、そうはっきりと感じる!!

「おお・・・・キャロル、キャロル!!」

エジプトの数多の神々よ!
御身の娘を加護したもう!!
我が命の伴侶を・・この腕の中に抱きしめるまで―――





Fin.





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