王家の谷へ
王妃の指定席
白い手首に残る一筋の傷
そしてその周囲に広がる青黒い内出血の跡・・・
きめ細やかな肌だけに、目立つことこの上ない。
「・・・・・メンフィス?」
包帯を取る手が止まったままになり、沈黙している夫を見上げる。
見上げる・・といっても、ほんの少し顔を横に曲げただけだったが。
自分のおでこや目元に触れるほど側に、彼女の夫メンフィスの頬があった。
「まだ少し切れておるな・・・。だいぶふさがっているが・・跡が残るかもしれぬ・・・」
鋭利な刃で切り裂かれた傷跡はなかなか完治しにくい。
また悪い事に、最初に傷つけられてからかなりの時間、まともに手当てされずに放置されたこともあって、傷口が酷く悪化し炎症も広がっていた。
下賎な者どもにさらわれてあちこちへと連れ去られた間、不衛生な環境に悪性の毒(細菌)もその時に傷口から入り込んだのだろう。エジプトに無事帰り着いてからも、随分長い間、弱りきったキャロルの体は熱を帯び、寝台の上で寝たり起きたりを繰り返す日々だった。
包帯を取り去った手を取って、かなり強い酒を満たした浅めの手桶に浸しゆっくりと傷口を清めた後、薬を塗って新しい包帯を巻く。
「〜〜っっん!」
「手首を動かすな。・・・我慢いたせ。」
「・・だって コレすごくしみるのよ・・・」
ちょっと涙目なキャロルがひりつく傷の痛みに身じろぐと、そのたびに支えいたわるようにメンフィスの腕がキャロルの体を包みこんだ。
1日1度のキャロルの左手首の包帯の取替えは、いつもメンフィス自らが行っていた。
それも、いつも・・キャロルを自分の膝の上に座らせ、背中から抱きしめるような状態でである。
すっぽりと自分の体に包み込むようにキャロルの体を密着させているので、キャロルのほんの僅かな震えや反応も見逃すことはない。
帰国直後、手首に触れるだけでも痛がって長い時間身を強張らせていた以前のことを思うと、随分回復したと思う。
急激に左手を動かしさえしなければ、普段どおりの生活が出来る状況まで戻ってきている。
熱で体がほてっていることもほとんどなくなった。
「さあ、手をかせ。包帯を巻こう。・・・傷口が完全にふさがるまではもうしばらく安静にしておるのだぞ。よいな。」
「うん・・・」
「・・ん?・・・・・・どうした?」
「え?」
「なにをふさぎこんでおる。」
「あの・・・そうじゃないの。ふ・・・・ふさぎ込んでるわけじゃなくて・・・ちょっとね・・」
「・・・・・・?」
「もうすぐ治っちゃうのよね・・・・・・・・って・・・」
「なに・・・・?」
「い・・・イタッ! メンフィス!強く巻きすぎ・・・!!!っ」
「怪我が治るのが『残念』だとでもいうのか?」
「きゃっ!!」
「どういうことだ! わたしはそなたが一日も早く完治することを願っておるというに!!!こやつ何を考えておるっ」
「だ・・・だって・・・・」
「キャロル!」
「ごめんなさい・・・・あの・・・もうちょっと緩めに巻いて・・くれる?」
「む・・」
ほてっとメンフィスの胸に全身をもたれさせて、彼の首筋を枕にしてすりよる。
キャロルは完全に体の全てをメンフィスに預けきっていた。
まるで寝椅子でくつろぐように、この上なく幸せな顔をして。
「ふん・・・・」
支えられた手首はふんわりと手当てが施されていく。
言葉や態度とは裏腹に、いつもの通りとても慎重に優しい手つきで包帯が巻かれ、傷口が固定された。
そして処置が終わってからも、守り包むように大きな両手がそっと左手に添えられる。
・・・・それが・・とても・・とても嬉しくて―――――
あんまりに気持ちがよくて、そのまま寝入ってしまったこともある。
今も・・もたれた背中が温かい・・
何もかも安心できて・・本当に・・幸せな場所
二度と・・帰れないと思った愛しい人の腕の中・・・・
今日もこのまま眠ってしまおうかしら・・
その間は・・・わたしを貴方にあげるから。
傷が治っても・・ こうして毎日私と過ごしてくれる?
忙しいのは・・・・・・ とてもよく分かっているけれど・・・
貴方の側に・・ずっとこの胸の中にいたいの・・・・・
もうどこにも連れ去られたくないわ・・・
離れたくない―――――
この大好きな場所に・・・いつも・・・
いつまでも・・・・貴方の腕の中に捕らわれていたいのよ・・・。
だから・・・ ここは誰にも・・・・・・・・・渡さない
「キャロル・・・・・・・・・」
絹糸のような睫毛を伏せた愛しい妃の顔を覗き込みながらメンフィスはくすりと笑った。
肩先で規則的に繰り返す小さな寝息
甘えた仕草で・・すがりつくように指をからめたまま
「そなたの考えていることなど・・・このわたしが分からぬとでも思っておるのか?」
変なところで強情なのだ。そなたは・・。
素直に口に出せばよいものを・・・・・
Fin.
このお話はMikko様からのキリ番リクエストのお題から創作イメージをいただきました♪
王様の愛のこもったお手当て。。。
(ぽっ)
もうそれだけで幸せ気分ですわ♪
素敵なお題に駄文でお目汚しですが・・
楽しんでいただけましたら幸甚です。
<(_ _)>
PLEIADES 拝
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