王家の谷へ
おめかし
鏡の中の自分を覗き込む
「・・・・・・ん♪」
合わせ鏡にして右に左に。
くるんと巻いた毛先が、首をふるとふんわり背中で揺れている。
ちょうど良い雰囲気。
今朝から一生懸命巻いて整えたウェーブ
整髪用のスプレーなんていうものはここにはないから、あまり長くもたないのが残念なのだけど・・
もう一度正面を向いて、いつもよりも少し赤めに塗ってみた唇を見つめた。
(・・・ちょっと派手かしら・・でも・・)
小指で紅をなじませるように唇をなぞり、アイラインを引く。
くっきりと目じりが上がり、目元の印象が鮮やかでいつもと違って見える。
エジプト王妃のお化粧―――。
面映いような・・・でも、ちょっぴり嬉しい気分。
「まぁ、キャロル様。綺麗にお支度が整いましたね。」
「ナフテラ」
「首飾りをお持ちいたしましたが、どちらになさいますか?」
「・・・じゃあ、これを」
「畏まりました。失礼いたします。」
シャラン・・と飾りの宝石が華やかな音色をたてる。
これはメンフィスが見立ててくれたとっておき。
ラピスラズリをふんだんにあしらった一品だ。
神秘の青色が白い肌に一番映えると言って、キャロルの為に先日特別にあつらえてくれたものだ。
「・・どうかしら。」
「よくお似合いでございますよ。」
「本当ですわ。とてもとても素敵ですわ。」
「ふふっそう?よかったわ♪」
周囲をとりかこんでいた侍女たちは溜息を交えて女主人の艶姿に見惚れ、口々に褒め称える。
これほど豪勢な支度はそうそうないので、見る側も自然と浮き立った気分になる。
キャロルも鏡に映った自分の姿の出来栄えに上機嫌になっていた。
お気に入りの香水を選び、念入りに仕上げを施す。
「あ、ミノス王ももうすぐおつきよね?時間は大丈夫?」
「はい。先ほど先触れの船舶が到着しておりましたのでまもなく着岸されるかと・・あ、メンフィス様」
「え?メンフィス?」
鏡を見ながら隣のナフテラの言葉をきいていたキャロルは、鏡の中にうつるメンフィスの姿をみとめて後ろを振り返った。
「・・・・・・」
「・・・・どうしたの?」
メンフィスは腕組みをしたままキャロルの部屋に足を踏み入れ、振り返るキャロルの姿を上から下まで検分するかのように眺め見た。
・・そして何故かあからさまに口をへの字に曲げたのだ。
「何?メンフィス?・・・・そんなに恐い顔してどうしたの?」
「・・なんだその顔は」
「え?」
・・・・顔?
「そのように無駄に 『厚化粧』 をする必要などなかろう」
「なっ、なんですって!厚化粧って・・なによそれ!」
「やったこともない背伸びをこのような時にわざわざせずともよかろうが。」
「そ、そんなことないわよ!みんな綺麗って絶賛してくれてたのよ。ねぇ。」
その通りだと・・
周囲の女性陣はみな本当に同意したかったが、ウンと頷けない。
・・なんといっても、ファラオの険悪な眼光が恐い・・・
「いつも通りで十分ぞ。王妃として体裁が整っておればそれでよい。なにも着飾れとは申してはおらぬ!」
「だ、だって!あの病弱だったミノス王がわざわざエジプトまでいらして下さったのよ!国の来賓に対して正装するのはあたりまえだし、いらっしゃるのは国王よ!きちんと礼装してお会いするのは最低限の礼儀じゃないの!」
「もてなすのは『我が国』だ。そなたではない! ・・・ったく大げさな」
「・・・・・!!」
ものすごい言われようだ。
舌打ちまでされて
なんなの?この不機嫌絶頂なメンフィスは!!
なによ!なによ!
いつも、ものすごい衣装や宝石を山と積んでくるのはメンフィスの方じゃない!
すぐに着ろだの、いますぐ着替えろだの、TPOも考えずに問答無用で無理やり飾り立ててくるのは何処の誰よ。
だから折角・・こんな正式な機会はそうないから・・・
今日は貴方の隣に立つために・・・ほんとに一生懸命ドレスアップしてみたのに!
「ファラオ、ミノア船団本体が到着にございます。謁見の間へお出ましを!」
「・・・・仕方がない。そのような成りのそなたを連れて参るのは不本意だが・・時間がない。」
ぶわっ
「きゃぁっ!!!」
「よし。」
メンフィスはいきなりキャロルの頭上にあったハトホル冠をスポンと抜き取り、真上から身長をすっかり覆うほどの長い薄手のベールを乱暴に被せ、また冠をのせなおした。
「なっ!何するの!」
布は透けて向こうが見えるほどの薄くて軽いものだが、頭の上から足先まですっぽりと全身を覆っているので、これでは先方は多分自分の姿はよく見えなくなってしまうだろう。
「・・さあ、参れ! さっさとせねばその厚塗りの化粧が落ちるぞ。」
・・・・なんですって!!!
ひっ、酷いわよ!
あんまりよ!
・・・褒めてくれとは言わないけど、もうちょっと言い様はないの?
もともと威厳があるメンフィスには分からないでしょうけど、少しは努力ってものに気遣ってくれてもいいじゃない!
「〜〜〜〜っっ!!!」
朝早くからお風呂にも入って
この髪だって・・・
ふわふわの手触りが好きだって言ってくれていたからすっごく頑張ったのよ
侍女のみんなに手伝ってもらって、乾いてしまう前に髪を巻くのも・・ホント大変だったんだから・・・・
「・・・・・・」
がっ・・と手首をつかまれ部屋から廊下へ引っ張り出される
もうとにかく問答無用―――
ほんとに訳分かんない
この気性なんとかならないの・・・?
急に怒って、やりたい放題、わがまま放題
いつもいつも・・いつもだ。
このごろは特にそう。
シリアから帰ってきてから・・なんだか輪をかけてひどくなったみたい・・
やっとこのごろ平和に落ち着いて ・・・・うんと優しくして欲しいのに・・・・
どうしてこんなに起伏が激しいのよ?
「もうっ メンフィス!!」
痛いってば・・!!
ただでさえこんなに長いベールが纏わりつくのに、そんなに乱暴にひっぱらないでよ
裾がからまってこけるってば・・!!
こけ・・
こける・・・・!!!
むにっ
「あっ!!!! 」
「キャロル!」
「わ、わわわわぁぁっっ!!!」
金色のサンダルに布地がひっかかった
(うううっっ やっぱりというか・・予想通りじゃないのよ・・っ)
例の長いベールを足元でさばききれず踏んづけてしまった。
急ぎ足にされていたのもあって、勢いあまって前方につんのめる
「っ!!!」
バランスが崩れて体が傾いて本当にこけるところを、寸でのところでメンフィスの腕がキャロルを掬い上げた。
「〜〜〜っっ もう〜〜っっ メンフィスのバカっ!!」
「何だと!こけないように救ってやったのにその言い草はなんだ! 無礼な。」
「無礼だろうが何だろうが・・もう!嫌いっ! メンフィスなんて大嫌い!」
「キャロル!」
メンフィスにつかまれていた腕をパチンと振りほどく
シャランと可憐な首飾りや腕飾りが音を立てた。
―――うきうきと馬鹿みたいに半日も浮かれて準備していたのよ・・
貴方が喜んでくれると思ったから・・・・
「・・・人の気も知らないで・・」
あー もうっ!
苦労した分なんだか無性にくやしい
全然分かってくれてないメンフィスに腹が立つ
化粧はともかく・・・衣装も装飾品もみんなメンフィスの好みに合わせたのに!
気づいてくれたって・・
メンフィスが好きなふわふわの巻髪
私に作ってくれた特別の首飾り
衣装もシルクで揃えて
香水だって・・メンフィスがわたしに似合うって、そうよこれ貴方が選んでくれたものじゃない!
なのに・・ちっとも喜んでくれない
むっつり怒って微笑んでもくれない・・
なによ・・バカっ・・鈍感!!
「な、なんだ?・・泣いておるのか?」
「・・・・違うわよ・・・・」
「―――よけいに化粧がおかしくなるぞ」
「ほっといて・・・貴方のベールのお陰で誰にも見えないからいいでしょ」
「・・・どうせ・・誰もみてくれなくたって・・よかったんだもの・・・」
(・・・・・貴方に見て欲しかっただけなんだもの・・・)
「キャロル・・・?!」
「急ぐのでしょう?『ファラオ』。・・わたくしなら広間の端におりますからどうぞお構いなく。先にお行きになっていて下さいませ。」
「何?!」
キャロルはきっ・・とそっぽを向き、急にメンフィスに対して気味が悪いくらい他人行儀に言い放った。
そして歩いていた向きを変えて、奥へ引き返そうとする
「・・すぐに顔を洗いなおしてまいります。」
「待てぃっ!」
「みっともないことはしないわ。安心して。”厚化粧”を落としたらすぐまいりますわ。」
「・・・・・そうではない。」
「・・・・・・」
「・・・わたしはそんなことを申しておるのではない。・・・ええいっ 分からぬやつめ」
「わ、分からないわよ。どうせ・・わたしは・・」
「どうせ・・・? どうせ何だというのだ」
「・・・・わ・・わたしなんて・・『貴方』にとっては背伸びしているだけのただの「子供」に見えるんですものね。」
「ば、馬鹿者!何を・・・っ」
「似合わない化粧なんかして悪かったわ!離してよ!」
「キャロルっ!」
いきなりはじまってしまった国王夫妻の(痴話)喧嘩
これから公式な国家間の対面行事というのにこのまま険悪になってしまっては大変だ
何故王が不機嫌なのかなど・・王の性格を少し考えれば思い当たる
別に王妃の化粧がどうのということではなくて・・・おそらく・・
側に控えていたナフテラ女官長がふっと小さな溜息をついて 『僭越ながら・・・』 と間に入った。
「・・・ファラオ、恐れ入りますがとりあえず王妃様のお化粧直しはさせてくださいませ。」
「!」
「ナフテラ・・」
「お時間はそうとりませぬ。少しだけ目元をお直しするだけです。でなければ・・キャロルさまもこのままではお困りでしょう。」
メンフィスは出かかっていた言葉をぐっと飲み込み
・・それでも仲裁が入って少しほっとしたところもあったのだろう
しばらくの沈黙ののち、王杓を持ち直して、激高を収めた。
「・・・・・・分かった。すぐにだな。・・・急がせよ」
「はい。ありがとうございます。」
「・・・・ところでメンフィス様。」
「・・なんだ?まだなにか?」
「本日のキャロル様のお姿はいかがでございましょう?お気に召していただけましたか?」
「・・・!」
「不躾ながら率直なご意見承りたく存じます。」
「・・・そのようなことどうでもよかろう」
「いいえ、奥を預かるものとして・・・ファラオが 『ご不快』 ということでございましたら以後は奥向きには全てのお支度の内容を改めさせますゆえ。」
「不快などっ! 改める?!・・・そ、そのようなことは一切・・!!」
「一切・・?」
「・・・・・・」
「・・では・・?」
「・・・・・・・なにも・・このような日に着飾らせずともよかろうと申しておるのだ・・・」
「・・なるほど。それでは王におかれましては本日のキャロル様のお姿は 『誰にもお見せしたくないほど』
お気に召していただけたということにございますね?」
「え?!」
「・・・・・・・・・///」
(メンフィス?!)
「それは誠に宜しゅうございました。ではすぐに参りますゆえ。さ、キャロルさまこちらへ」
「・・・メンフィス・・」
「―――早く行ってまいれ。・・・『厚化粧』はべつにそのままでもよい」
先ほどキャロルを見たとき・・
・・・・息を飲んだのだ
いつもよりもひときわ鮮やかに赤い・・ぬれたような唇
凛とひかれた目元の緑・・・
あどけなさが抜けた・・さながらサナギから抜け出した蝶のようなあでやかさに。
首筋に光るラピスラズリの神秘の輝きも
思った通りにキャロルの素肌を飾るには絶品で・・。
特に、キャロルの柔らかな曲線を際立たせるよう仕立てさせた衣装
繊細に重なる襞が、大きく開いた胸元に・・腰に・・
華奢な体にそって流れる優雅な曲線には、己が目を釘付けにさせられた。
だから・・何故それを『今』着るのだ?
あの衣装が出来上がったばかりのとき、あれほどその場で着せて見せよと命じたというのに・・
胸が開いているだの、形が恥ずかしいだのとごねて・・あてて見せるだけで袖すらも通さなかったのだ。
「ええいっ・・・・・くそぅっ 」
わが自慢の王妃が・・・美しく着飾って嬉しくないはずがない・・
だがこの謁見は別だ。
ただでさえそなたは諸外国に狙われているというに・・・煽ってどうする
しかも・・・・ このところミノアからは不穏な情報ばかり
(キャロルはいまだ全然分かっておらぬだろうがな・・・・・)
ミノス王 ・・・あれの目は・・・
――― 子供といえど容赦はいたさぬ・・・
「ナフテラ?・・ねぇ・・さっきのって・・・」
「・・・・お聞きになられた通りですよ。王はお気に召さなかったわけではないのです。ご安心なされませ。」
「・・・・でも・・それならどうしてあんなに怒る必要があるのよ」
「あまりに『お美しくて』焼き餅をやかれたのでしょう。」
「・・焼き餅って・・何に?」
「それは・・もちろんミノス王でございましょう。」
「ミノス王?どうして?」
「・・・お分かりになられませんか?」
「????」
意味が全然分からない・・と首をひねるキャロルに、やれやれと女主人の天然さにナフテラは微笑んだ。
「メンフィス様はキャロル様が 『ミノス王』 の為にわざわざ美しく装われたと思ってしまわれたのですよ。」
「えええっ?」
「・・・それもファラオご自身も滅多に見せてもらえないキャロル様のそのお姿となれば無理もございません。」
「わたし・・そんなつもりは・・・ だってメンフィスの為に装ったのなんて、考えてみれば分かるじゃない。」
「分かるからこそ、もしやと意地悪になってしまわれたのですよ。あまりにお美しいお姿でいらっしゃるからよけいにご自身以外の方にはお見せしたくなくなったのでございましょう。さ、お直しできましたよ。」
さっき頭の上からメンフィスにかぶせられた布地を手にキャロルはしばらく言葉を失った。
(そういうことだったの?・・・・・)
―――ちゃんと・・分かってくれていたの?
・・・だから怒ったの?
ベールを見つめながらポツリと口をひらく
「それじゃぁ・・これ・・・やっぱりつけたほうがいい?」
「さて・・それは・・・キャロル様のお好きで宜しいかと存じますが・・・」
「・・・・・・でも・・ナフテラの言うとおりなら、メンフィスこのままの恰好で皆の前に出て行くのは嫌がるでしょう?」
「ほほほ・・・・・では・・これでいかがでございますか?」
ナフテラはふんわりと冠の後方でベールを固定し、器用に一枚布にドレープをつけながら衣装を覆うように飾りピンで止めていく。
先ほどのメンフィスが被せてすっぽりとイスラム女性のように全身を包み隠すでなく、衣装の一部のように、たなびくオーガンジーのような透け具合が可愛らしい印象のベールになった。
顔は見えるようにし、メンフィスが気にするだろう胸元や腰のラインは幾分かこの覆いによって淡くなる。
「・・・うん・・・これならいいかも。」
「ミノス王とのご対面が終わられましたら、こちらはお取りいたしましょう。」
「・・・・そ、それは・・・べ、べつにいいわ・・・」
「あら、キャロル様はファラオにゆっくりご覧いただきたくはないのでございますか?」
「・・・だから・・・それは・・自分でするから・・・///」
「そうでございますね(^^)・・これは失礼いたしました。では参りましょうか。」
「ええ。急がないとね」
「はい。」
部屋を出ると、本当にすぐ扉の前で、待ちくたびれたとばかりに、背を壁にもたれかけさせてメンフィスが立っていた。
相変わらず彼の顔は不機嫌そうだが、いくぶんか彼にとってキャロルの気になるところが隠れているので良しとしたようだ。
「お待たせしてごめんなさい。・・・・・どう?」
「・・・ああ。」
少し頬をゆがめた彼の横顔・・先ほどよりちょっとだけ柔らかに見える。
キャロルの泣きべそがおさまっているのと、笑顔を向けられたのにホッとしたのかもしれない。
そういえば怒っているというより焼き餅で拗ねているっぽく見えなくもない。
(いいわ・・・許してあげる。それから・・)
キャロルの手がメンフィスの腕に伸ばされた。
心の中で 『騒いでごめんなさい』 と 『大好き』 を混ぜて彼の腕に甘えるように指を添える。
「・・・・キャロル・・?」
「いきましょう♪」
・・・それで、どうやらメンフィスのつっかえも落ちたらしい。
険悪な表情をしていた目元が涼やかさを取り戻していくのが感じられた。
いつもの調子をとりもどしてキャロルをエスコートして歩みを進めていく。
「よいか、私以外の者の横に近づくでないぞ。」
「?」
キャロルは横を見上げて気づいた
じっと彼の視線がどこかを見ている
メンフィスの視線から自分を見下ろすとどう見えるのか・・・
「メ、メンフィス・・!」
正面からだとあまり分からないが、上からだと自分の胸元が結構『素』で見えるのだ。
特にメンフィスの真横の位置からだと衣装の隙間から胸の谷間まで覗きこめるわけで・・・
「その姿の間は腰をかがめてもならぬからな。」
「・・・・こ、これ・・もしかしてそんな風に見えるように作らせたんじゃ・・・?」
「・・・あたりまえだ。・・・・そなたの控えめな胸にも寸法がぴったりであったであろう?」
「バカ!・・・もう・・確信犯だったのね」
「ふん。」
「ねぇ」
「・・・・なんだ?」
「・・・・本当に似合ってる?」
見上げてくるキャロルの瞳
甘く潤んだ・・どこか心配げな輝きにメンフィスは吸い込まれそうな気がした
「メンフィスの好みに合わせてみたつもりなんだけど・・」
「・・・・」
答える代わりに、歩きながらキャロルの額に小さく口付けた。
メンフィスは口にする代わりによくこんな風な返事をする。
「よかった・・・。あんなに怒るから・・嫌がられたのかと本気で思ったもの・・」
・・・嬉しかった。
メンフィスのキスの感触が答えの全て
ぶっきらぼうな声音でも・・・欲しかった答えがあれば全然構わない
「そなた・・・何故普段にそれを身に着けぬ」
「ばかね・・・(くすっ)。・・こんな豪華な衣装、いくらなんでも普段着にできるわけないじゃない。・・メンフィスったら何考えてるのよ。」
「そなたのことばかり考えている」
「!・・・・・」
「・・・そなたのことばかりだ。我ながら不思議なくらいな。」
真横にいたはずが、急にすっと真正面にメンフィスの体が向かい合う
ふわっと掬い上げられるように自分の両脇にメンフィスの腕が差し込まれた。
「え?!」
「いつも・・・・そなたが愛しくてならぬ。 ・・・・今日は・・・ことのほか美しい」
「!」
ぎゅっと抱きしめられて、同時に唇が奪われた。
「!!!!!!!!!!!っっ」
「・・・・・なぜ固まる?」
「そっ、そっ、そりゃそうでしょうっっっ!!!!」
急ぎ足でいたのでそこはもう大臣・臣下達がずらりと居並ぶ大広間まで入って来ていたのだ。
今にもミノス王がこの広間に案内されようかという時に・・・
中央の玉座にまで辿り着き、席に着こうかとしていたところで・・
み、皆の視線が・・!!
嗚呼・・もう
―――今度はまた別の意味で眩暈がする・・
「馬鹿馬鹿!メンフィスのバカ〜〜っっ!!本当にこんな時に何考えているのよっっ!!」
「・・だからそなたの事だと言っておろうが。何度申しても分からぬヤツだな。ん?」
「みっ、ミノス王のご到着にございます〜〜っっ」
やれやれ・・もう来おったのか・・と、涼しい顔をして何事もなかったかのように玉座につくメンフィス
キャロルはといえば・・羽扇の後ろに真っ赤になった顔を隠してしばらくうつむくばかり。
「最初が肝心ゆえ・・・・・・しっかりみせつけておいてやらねばな。」
「?!」
「キャロル」
「え?」
つい・・・と伸ばされた指がキャロルの顎をとらえた。
何をする気なのか瞬時に悟り逃れようとしたが・・・もう遅い
もう一度いきなりの抱擁に接吻――
「メんっ・・やめっ・・・・ん〜ん〜っっっ!!!」
目の端に、入り口で一瞬足を止めたミノス王が見えた。
メンフィスは不敵に笑って唇を離し、美貌の流し目でそれを捕らえる。
キャロルはというと・・いっそその場で頭の上からベールをすっぽり被りなおしたい気分になったのでした。
Fin.
王家の谷へ
© PLEIADES PALACE