王家の谷へ               

Presented by みんみんまま様

真 言 の 珠



「今度の休みに行かないか?」
「えぇ、そうね。楽しみにしてますわ・・・」
「なぁに?なぁに?何処に行くの?私も連れて行ってくれる??」

顔を見合わせる二人。
無論、同行はすぐさま許可されていた。
愛する娘を見つめる優しい青の視線を伴いながら ―――

それはこの穏やかな二人の結婚記念。
記念の日を間近に控えて毎年の恒例のことであった。
柔らかな蜜の色した金色と燦燦と煌く金の色。
そこにまた人を和ませる光を放つ幼な娘が間に入り仲良く連れ立ち歩いていた。
衆目を集める事にも頓着せずに店の前に立つ。
扉は手を触れずとも開き、店内へと誘われていく。
さらにその最奥に位置する重厚な扉へと歩を進める。
室内は上品な調度で装飾されており、中央に位置する椅子へと腰をかけた。
扉が再び開き・・・と今度は温厚そうな熟年の紳士が入ってきて口を開く。

「そろそろ、私どもからお伺いしようかと思っておりました。わざわざこちらへお運びいただきまして、ありがとうございます」

洗練された物腰と言い回し。人を蹴落とすことなく包んでくれる穏やかさ。
蓮っ葉な店とは対極にある、そこはN.Y.の店内であった。

「今年はどうなさいますか?種類などになにかご希望があれば・・・」
机の上に宝飾を並べ、掲げつつ問う。
「そうね。今年は・・・」
飲み物が運ばれ、4人で談笑しつつ注文を済ませる。
「お嬢様もまた大きくなられまして」
優しく話しかけるその人に少女はうふふと笑みをこぼす。
その笑顔に魅入られながら
「まだまだお美しくなられましょうね・・・」
その思わず洩らした彼の一言でさらに注文が増えたのだった。
「あっ、そうそう忘れる所でございました。今年の分がようやく見つかりまして。ご覧になっていただかなくては」
運ばれたのは水色のケースに入れられ白絹に包まれたそれは真珠―――
その店のガラスケースの中に美々しく飾られた他の真珠が自らを恥じ母貝の褥に帰着させたくなるような―――眩い輝きをそれは放っていた。
「まぁ、今年のも美事だこと。ねぇ、ごらんなさい。あなたが大人になって結婚する時にこれで首飾りを作ってあげてよ。今年で10個目。でも、大人になるのを急がないで頂戴ね」
「いや、結婚なんて別にしなくてもいいんだぞ?変な男に苦労させられるくらいならずっと家にいればいいんだ」
「まぁ、あなたったら」

きょとんと青い瞳を瞬く娘を挟み会話を楽しむ。
それは楽しげで幸せな・・・・・家族の肖像であった。





「・・・・・・・・」


ディルムンより貢がれた清らかな白珠の宝石を前にして暫し過去の和やかな残像に想いを囚われる。
あの優しい家族。暖かな情景。懐かしい―――その・・・

「どうしたのだ?」

突然黙り込み、塞いだ様に見えただろう自分を案ずる声。

・・・・そう、わたしは大丈夫。大丈夫よ。

それは問われた言葉にではなく我が身の立身―――決意の返事。
わたしは貴方を・・・・愛している。
心の最奥から吹き溢れる幸福な今この時。それは現実。はばかる事無き本当のこと。
汚泥の中に叩き落されたかのように息をもつけぬほど不幸に思えた時があった。
あまりの孤独の苦しさに気が違いそうになることも・・・・あった。
誰かにより自分の命の残光をいっそかき消してくれる事を望んだことすら。
己が手で命を失くす事は自分を捜してくれているであろう家族の為に躊躇われていただけだった。
心がともすると脆弱になったとき、どれほどそれは甘露な行為に思えたことか・・・・

寂しい。
苦しい。
死んでしまいたい―――もう終わらせて・・・・・ほしい。
!!
終わらせてはいけない!
愛する家族はわたしが戻るのをどんなにか待ち焦がれている筈。
命を摘んでしまってはわたしを・・・あの優しき人たちにもう会わせてはあげられなくなる・・・あぁ、でも・・・いっそ。こんな思いを続けなくてはいけないのなら・・・
あの懐かしい場所へ帰れないのなら!!
・・・いっそのこと・・・・

その心を引き千切る辛さに声なき叫びを上げ、両手を差し出し掻き毟る様に救いを求め続けたあの頃。

・・・・・でもそれは単なる序章。
幸福になるための、優しいこの人に出会うための。
共に歩んでいくための。
このいとおしい人の傍らに寄り添うことが出来るならば、何も怖れることなどありはしない。なんでも迎え撃ってみせる。


・・・・パパ、聞こえている?あなたの娘は今、幸せよ。本当よ。
これからもずっと・・・ずっとね――――変な人なんかじゃないわ。
ちゃんと私を幸せにしてくれる。胸を張って紹介できる人よ。
パパの娘が選んだのよ、信用して・・・・ね?

潤み来る青の視線をついと上げると、人を魅了する笑顔がそのかんばせを咲き誇らせる。


「魚の目をありがとうございます。大事にしますわ・・・ありがとう。」


澄みきった空気の中に殊更に透明な音声の麗句が反響する。
その美しき声を直にかけられた使者は改めて感激し、知らず知らずのうち平伏していた。
隣に座すその人に眩い笑顔を反射させつつ、口を開く。

「これで首飾りをつくりたいわ」
「珍しいな、そなたが・・・」

うふふと笑う。既視感を伴うその光景。



「本当はね、ママは宝石 もういらないのよ。たくさんあるのですもの。でも、パパが喜んで下さるものね・・・」


たおやかな優しい母が幼き自分に耳打ちした。
妻のために宝石を吟味していた父に聞こえぬようにそっと・・・

・・・そう、あの時ママ言っていたわ。
宝石ではなく、父の笑顔が見たいのだと。

子供の自分にはわからなかった母の言葉。
愛する人を喜ばせたいという想い。互いに互いを思いやるその愛あふる行為。
今ならわかるわ。・・・・・私も同じよ、ママ。

「私に似合うかしら??」
「何を当然なことを。・・・そんなに気に入ったのか?」

漆黒の瞳に青の光を尚も反射させ、瞬き、笑顔で答える。

楽器を奏でるかのように空気中をふうわりと真白の手が動き、一粒真珠を摘み上げ掌で包む。
青き静寂がひろがる深海の只中で母貝がかつてそのいとし子を抱き、守り包んだように。
問うた人は情景に見惚れ、心を震わせ声を失くす。

輝く愛しき人の為せる行為に・・・・

――――乳白を帯びた神秘重なる白の珠。

それを連れなしこの手に持とう。

あの愛しい人たちがわたしに注いでくれた想いと共に。

そうしてこの胸に抱いていこう。

一粒、一粒に愛の想いが込められた・・・

父と母が娘のわたしにくれた未来からの結婚の贈り物を―――――






Fin.




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