王家の谷へ

Presented by みんみんまま様




沙漠の国の冬の夜話





降り積もった雪の上。円形においた柊(ヒイラギ)の深緑の葉、その紅い実。

白い雪肌に置かれた薄桜の花弁。脇に添えられた二つぶの青い実。



レンブラント光線。雲間から差し込む清浄なる光。そこに顔を覗かせる薄青の空。

やわらかな影を落とす長い睫。その下に覗く、澄んだ青い瞳の眼差し。



雪の日の朝日。銀床にまで届くそそる氷柱(つらら)の中に日差しをかざすこと。

肩の上で緩やかにさざ揺れる金の波。その小波を指で掬い泳がせること。



天空に飾られた星の燈し火。冷たい銀の綿毛が雪原をくるくる舞い飛ぶ様。

昼日中、天空を旅する太陽の光輪。光の冠をうける彼女の姿。



氷柱の垂れを指先で受けること。その滴の冷たさを指先で楽しむこと。

雪白の肌に手を置くこと。その温もりを肌で楽しむこと。



銀の匙で掬った冷菓。舌の上で蕩ける甘露。

金の食台に載せられた葡萄。喉元を過ぎる甘露。それを持つ娘の笑み。



樹につけられた銀のベル。赤いリボンを結びつけ、銀のベルがリンリンと鳴り響く。

蓮花を結わえられた金の小鈴。りんろんと歌い奏で、心地よく場を燈す。



天空から降り落ちる雪の結晶。その造形が融け行く様を惜しみつつ眺めて見ること。

拒み続けた娘の心が溶け出し、次第に自分へとせせらぎ、流れること。






「ねぇ・・ってば!!」

「うむ?」

「いい加減にしてよ!ちっとも広がらないわ!! せっかく、クリスマスの・・冬の話をしているのにーー!」

「だから、聞いておるぞ?」

「・・・・・聞いていても、茶化しているでしょ?!」

「わたしの大事なものはそなた一人であるからな。
・・・・連想するものが、そなたになるだけぞ。茶化してなぞおらぬわ。
思うままに語れと言ったのはそなた。大体わたしは冬なぞ知らぬ」


目を瞑り椅子にもたれて横になる夫に対して口舌する妃。

己の傍らに腰をかけ、望郷の絵を伝えようとする妃を見つめ楽しげに反目する彼。

子どもの頃の思い出を語る妃に、心地よく語らせるがままに聞いてやり、話語りの相手までしているのはこの夫には珍しいこと。

この聖なる夜のなせる業かもしれないが。

まだ来たりぬ神の御子が生まれし夜 その時にまで想いを馳せる穏やかな妃の横顔に平穏を感じ満ち足りた想いのゆとりを得ていたのだろうか。


「・・でね、贈り物を願うわけ。サンタクロースが持ってきてくれますようにって。」

「サンタクロース??」

「聖人。んー、ここでいうと神官・・かなぁ。かなり・・違う・・・けど。」


口中でぼそぼそと小さくなる妃の声。


「神官に祈るのか?贈り物を??そなたが???」

「そうゆうことになるのかしらね?」


小首を傾げて、唇に指をあてながら反芻する妃。

思わず、身近で苦手な神官の顔が浮かぶ。

金の小鈴を転がすようにふるふると頭を振るい、物思いを捨て去ろうとする。


「・・・まったく、それならわたしに申せばよいのだ。
そなたの願い事ならなんでも叶えるといつも申しておろう!わたしはファラオぞ!!そなたの夫ぞ!!!」


先ほどまでの緩やかな流れが奔流に変わりそうな勢いに妃は焦る。

絡み付いてくる夫の腕を避けようと押しのけながら次第次第、身体に巻きつくままにする。

故郷の屋敷にあった若木の幹に絡む、忍冬(すいかずら)の花を想いながら。





沙漠の国の冬の夜話。

夜が涼風をもたらして、日中の暑さが一段落する時刻。

くつろぎ、ぬくもりを確認しあう二人のひととき。

幼い頃に過ごしたあの寒い冬の長夜に想いを馳せてみる。

火をいれた暖炉を囲み楽しむ家族との―――団欒。

それにも勝る、今この温かな時間。

温かさを通り越し、熱砂の灼熱を雪肌に刻印する我が夫。

この熱情に包まれし我が身には、他のものなぞ ぬるく在り来たり過ぎる。

熱に慣れされた妃。

彼を失っては彼女の時を、すべてを凍てつかせてしまうことだろう。

互いに無二の存在に成りえたこの二人。

二人の愛の結晶は固さをまして根雪となりぬ。

決して溶けることの無い永久氷河となりえるように、重なる行為が愛の重みを増してゆく。

二人で過ごす幾夜の時も年月も絆の深さを増長する。

いつの日にか 未来に訪れるであろう、聖夜までも ―――それは続いてゆくことだろう。


「じゃぁ、あなたに願い事をしていい?」


青の瞳を覗いている夫の沈黙を了解と得て口を開く。


「ずうっと、あなたと一緒にいたい。
 年月がどんなに過ぎても、あなたを愛していたい。」


黒の瞳がまろみを帯びる。

妃だけが知っている彼の優しさの灯火が点る。

妃である己の身にのみ焦がすような愛を惜しみなく与えてくれる。

神の身元に我が魂が呼ばれるその日まで、わたしは願う。

誰の身にも厳かな聖夜が訪れますようにと。

いついつまでもこの愛する人の御許に居ることが出来ますようにと――――

この炎なる沙漠のこの国で、この胸の中に憩いながら、請い願うことだろう。

いつまでも・・・・

すべての人に。


Merry Christmasをと。














朝日の中に、見慣れぬものが光っている。

いつもの朝。

その筈なのに、不快には感じないものが目蓋にちりちり触り彼女を起こす。

早く早く さぁ起きて、とその“何か”に急かされる様に目蓋を開く。

青の瞳に映ったのは―――

きらりきらきらと部屋の中を光の妖精が舞い踊る様。

部屋の中を風に乗り妖精が躍動する。

よく見れば天井に幾本もの糸が渡されて、その箇所箇所に水晶がいくつも垂らされている。

まるで、梢の先に、葉先にと伸びた氷柱の様に部屋の天井部にぶら下げられていた。

幾面にもカットを施された水晶は朝日を映して光を乱反射させている。

細い糸に結ばれたと思しく、風が吹けば軽やかにくるくると廻りさらに光が旋回する。

一体、全部でどれほど下げられているのか・・・

さながら寝室は虹色をした光の洪水。

万華鏡の中に身を投じたような錯覚を起こさせる。

光の川に身を任せて、爪先立ち踊りだそうかしらと笑みを浮かべた瞬間。


「気に入ったか?」


隣から声と共に伸びた腕に抱き取られ、はっとする。


「・・・・もしかして、これって・・?」


見慣れた夫の闇夜の瞳に悪戯な光を見つける。


「ほかに誰か心あたりがおるのか?我らの寝室にこのように出来るものなぞ、おるわけもあるまい。そなたが話す冬になぞらえてやってみたのだが、どうだ??」

「今日は特別な日なの。嬉しいわ。 なんて綺麗なのかしら」


にっこりと微笑み、改めて視線を上げ夫の端正な顔を見つめる。


「それだけか?そなたの礼はいつも、つまら・・」


唇はふいに塞がれ、言いかけた彼の言の葉は、胸の裡に深く沈殿していった。

雪のひとひらが地面に吸われ消えるように。

ひそやかに―――


「ありがとう。わたしがどれだけ喜んでいるかあなたは分かっているかしら??」


唇を夫から離した彼女は微笑を深くしながら感激を伝える。

この胸の鼓動をどう伝えよう??


「わからぬと思うか?そなたの瞳の輝きを見せられているのにな」


まったく心外であると言いたげに妃を抱き寄せ頬に触れる。


「ええ、特別に嬉しい。 ・・・・綺麗・・・・・ね・・」




思いがけない、クリスマスの贈り物をもらった彼女。

子供のころにもらったような――――

心を躍らせて開く紙包みはないけれど。

金のリボンもないけれど。

銀のリボンもないけれど。

開ける蓋はわたしの目蓋。

紐を解くのはわたしの視線。

中から零れ出したのはあなたの心。

この部屋に映し出されるのは空の虹に負けない程の輝きをもったあなたの心。



「リボンが付いていないプレゼントも素敵・・・・・」

「そうだな。それについては同感だ。
    ところで、わたしへの返し物をもっと期待してもよいのかな??」


言いながら、最愛の妃に今度は夫から口を寄せる。






故郷の雪はないけれど、ここにはあなたが居てくれる。


降り積もる雪のごとくにわたしを愛で覆ってくれる ――――



あなたが・・・・



Happy  Happy

   Merry Christmas・・・・・








Fin.




王家の谷へ

"Twinkle Waltz" music By PLEIADES