王家の谷へ
Presented by みんみんまま様
『 苦労将 』
屋敷の女主人が座する前にかしこまり進む。
この女主人がゆったりと座っている姿を普段は見ることは珍しい。
「わたくしに何か?」
「急を要するといえば急でもあるのですが・・・折り入ってそなたに申しておきたい事があります」
「?」
「他でもない、ミヌーエ。そなたそうそうに結婚なさい」
「突然何を仰せられますのか、母上」
突然と申すのかこの息子は。
分かっているだろうに・・・分かりすぎているだろうに。
大体結婚という言葉を出してもこの息子は少しばかり瞠目しただけ。呼び出された時から予想していたのだろう。
優秀であることこの上なく寧ろその生真面目さ故に露呈する欠点。
その欠けた部位が致命傷とならぬように・・・
こめかみを指で押さえて頭にのぼってきた心痛を抑える。
動揺を露ともあらわにせずに己が分身たる息子に言葉を継ぐ。
語らねば・・・。
「ファラオには我等が子々孫々と忠誠を継いでいかねばならぬ。
我等がやらず誰がやるぞ?もちろん他にも信頼にたる者はおる。
しかしながらファラオに忠誠を集めるのにも核が必用。
あのお方には必用なきことかもしれませぬが。
この黒土の美々しき国を永世、神々に照覧なすためにも構えは磐石であるにこしたことはありませぬ。
清い心を持つものにその核たる役目を担うのがすばらしいことではないか?
その方はその責務を負うだけの能力を持つ。持っているとこの母は信じております。
....ミヌーエ、そなたに後継者たるものがおるのか?家訓を継ぎたる者が??
そなたの父は早世なさいました。
その方がいたからこそファラオの御世になんの障りもなくご奉仕申し上げることができたのです。
今、自身に何かあったら・・・・そなた如何にいたす?」
分かりすぎた理屈を改めて人の、それも母の口から出されるものほどやる背ないこともなく、論破するだけのものを自分が持たない事をよく知っている。
どころかそれを口にださせてしまった我が身の不届きぶりを呪うべきだろう。
・・・・それでも。
苦手なのだ。
関心がないままに時を無為に過ごしてしまいすぎたのだろう。
王姉に恋心と呼べる淡い思いを自覚した事はあった。だがそれは彼の人の矜持の高さに叶う事無くあえなく散り敷いた。
降嫁を期待できるだけの家格の出身であるが、彼の本性として染まないものを無理に欲望のままに捻じ曲げる事をよしとは出来ない。
嫌がるものを捩じ伏せても心が沿わなければ平安はありえないはずだ。
・・・・・・・
ふと近習している主の恋の往き方が脳裏をよぎるが、あの方はあの方の事。
己には己の分があり、ただ真似たからといって結果が同じく出るわけではないだろう・・・・
「わかっています。万事任せなさい。この母が取り計らうによって、そなたはただこの椅子に座っておればよい。
反論は聞きませぬ。
実は王妃様が・・・・また家族を恋しがっておられて。」
話の脈絡の無さに“母に取り計らわれてしまう不明な己”をつと忘れた彼は問いたげに母の憂える瞳を捕まえた。
「侍女が時折、宿下がりをするのを王妃様が羨ましく思われているのですよ。
・・・・せん無いことではあるとは思うものの・・
・・したが、ナイルにお帰りになってしまったらと思うと気が気でありませぬ。
ファラオもあのように勘がよい方であられるから....
王妃様が時折どこか虚ろになっているのを気がついてしまわれるしのぅ。」
道理で最近のファラオは癇を弾かせることが多いわけだ。
奥宮絡みかと斟酌はしていたがやはり・・・
「それで王妃さまをこの屋敷に時折お連れして差し上げたいと思うのです。
こう申しては失礼ですが他の離宮は王妃様にとって里帰りといった意味をなさないようですから。
ここならば警護の意味も含めてファラオも許してくださるだろうから、問題はミヌーエそなたなのですよ。」
言葉を切って正面から息子を見つめていた。
「王妃様にこちらに宿下がりというには言葉が過ぎますが。
男主たるそなたが独り者では・・・・口さがなく言われるのは聞くに堪えませぬ。
王妃様がナイルのハピの娘と呼ばれる前から・・・・この国に現われた時よりお仕え申し上げています。
おこがましくて、いままで口に出した事はありませぬが、わたくしはあの方が愛おしくて。
むざむざ人の口の端に上るような真似だけはしたくありませぬ。
ミヌーエ、そなたさえ身を固めてくれれば、万事うまくいくであろう?
王妃様が心を落ち着けてくれればファラオとて安寧に政務に就ける。宮殿に仕える者達が、いえ、国中が・・・・」
「わかりました、母上」
ため息と共に返事が転がり出ていた。
これだけの理屈を粛々と出されて己に他に何が云えようか?
それにしても息子と王妃様と順列にだされるとは・・・・・
来し方に思慮を奪われる。
命をも捧げるのに一滴の惜しさも感じないあの方々。
黒土を優しく平らかに包み込み 寄り添うナイルに似た王妃。
そのナイルを更に雄雄しく抱え込むような黒土に似たファラオ。
あの金字の夫婦は日輪のごとく大地を隈なく守護するのだ。
二人の間を分かつものは存在を許されず、分段されるかに見えた障壁もなんなく看破されてしまう。
自身にあのように比翼の夫婦となりえる片翼の存在がありえるのだろうか。
いるのだろうか?
会えるのであろうか?
憧憬に似たこそばゆい思いが期待になって胸を膨らませる。
そのかんばせに浮き上がった笑みを絵師が描き写していくのだった―――――
Fin.
・・・・で、できあがった『見合い絵姿』が
←コレこのようになりましたとさ。
とのコンセプトなお話でした♪
女官長のため息が切々と聞こえてきそうな空気に
笑ってはいけないとは思いながらもほのぼのと微笑んでしまいました。
みんみんまま様、ほっこりプチ裏話をありがとうございました。
宮廷絵師:PLEIADES 拝 (笑)
王家の谷へ