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切 望

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愛していると言ったではないか・・・・・・・

・・・・・逆らうな・・・
    ―――逃げるな・・・・わたしから・・・・・・・

離したくない
失いたく・・・ない・・・・・・・・のだ・・・・


愛しているのだ・・・・キャロル・・・
心の奥底から・・魂の底からそなたが愛しいのだ

だから・・
      ・・・私を・・・嫌わないでくれ・・・・・・



****************************************************


ガシャ―――――ン・・・・・・!!!!!


「きゃぁぁぁぁっっ!!!!」


部屋の左隅に置かれていた大振りな飾り壺が破片を飛び散らせ割れ落ちる。
あまりの大きな音に、反射的にキャロルは身をこわばらせしゃがみこんだ。
「メ・・ンフィス・・・・・」
恐る恐る前方を見上げると、やはり彼は先程と同じ位置で冷ややかにこちらを見つめていた。
湧き上がるなにかを押し殺すように息をしながら。

メンフィスの小脇に置かれていたはずの剣がない。
「・・・・!」
それは壊れた壺の破片の中に混ざって落ちていた。
粉々に砕けた残骸の中に

「・・・・・・・キャロル・・」

尚もまっすぐに伸ばされた腕にキャロルはとまどってしまった。
有無を言わせぬ自分を射抜くような激しい瞳
どこにも隠れることができない視線


そんな怖い眼でわたしを見つめないで―――
お願い・・
なぜか分からないけれどとても苦しくなってくる
胸が痛くなってしまう


貴方って・・・本当にいつも怒ってばかり。
・・・・ほんの少しでも優しく接してくれたらって何度も思った

でも・・・・・古代の王は非情でなければ統治はできぬ・・・・と・・
優しければ・・・生きのこることは出来ないと・・・・・。
この世界では力こそがすべて
仕方がないのかもしれない・・・・本当は貴方に優しさなんかを求めるべきではないのかもしれない・・
―――弱みをみせれば即座に命を狙われるのだから

   (暗殺を恐れて王は務まらぬ・・・)

嫌よ・・・・やっぱり貴方が殺される危険にさらされるのは嫌・・・・・
貴方が私を置いていってしまうのは絶対に・・・・・嫌!!!


雄雄しい王であって欲しい・・でも優しい王でもあって欲しい
わたし・・・どちらも望んではいけないの?





キャロルはしばらくうずくまったまま動かなかった。
わずかに震えているようにも見えた。
青ざめた頬にじっとこちらを見つめる瞳だけが冷たく光る。
それでいて泣き出しそうな・・・・・・わたしの愛しい女神

たった数歩のそこにいるのにとても遠く感じる


キャロルはこの手をとるだろうか・・・
血塗られた手は嫌いだと・・・言っていた

無理やり側に引き寄せることなど造作もないことだった。
命じて来ないならば、いつものように引きずってでもここへ引き寄せ抱きしめればいい。
王として力でもって服従させればいい。

だが・・今・・それはしたくなかった
今一度自分からこの胸に寄りそって欲しい・・
「愛している」と言ったそなた自身をもう一度確かめたかった。

(キャロル・・・・・・・)


コトッ・・・・


ゆっくりと目の前の娘の体が揺れて衣擦れの音が床をすべる
キャロルは立ち上がり・・・わたしから視線をはずし横を向いた。

(!!!!っっ)

額からすうっと血潮が落ちていくのが分かる。
喉もとからみぞおちへ・・・
何もかもが悲痛の叫びをあげながら冷たい何かが体中を締め付ける。
「・・・・・・・・・・・」
キャロルはゆっくりと背を向けこちらから遠ざかっていく。
伸ばした指先は空しく取り残され、そのまま硬く握り締められた。
「くっ・・・・!!」


ガタンッ!!!



ほんの小さな心の賭け

そなたが欲しい―――本当の心からの愛が


たとえ今は命じられたからでもいい。そなたがこの手をとれば・・・
そうすれば・・・きっと自分に言い聞かせられたのだ。
無理やりに妃にしようとも・・
そなたは私を愛しているのだと。心から私を愛しているのだと―――。

メンフィスは咄嗟にキャロルに背をむけ、部屋からつづく水辺の庭へこの苦痛を振り切るように飛び出した。


     (――― そんな・・そんな恐ろしい人の妻にはなれない・・)


「くそうっっ!! キャロル・・・っ」

池を囲む石造りの手すりにたどりつくと力任せに両肘を落とし、大きく息を吐きすてた。

ナイルから引き上げた後・・・・意識を失っている間も・・ずっとそなたは泣いていた・・・
ぬぐってもぬぐっても・・そなたの涙はあふれるばかりだった・・
それほどまでに私を嫌うのか・・・・

それでも・・・どんなに拒まれようと・・わたしはもうそなたを手放すつもりはない
「・・・・・・・・キャロル・・」


眼下に揺れうつる蓮の花が・・・・とても遠く・・儚く見えた。






「メンフィス?」
急に部屋から外へ出て行ってしまったメンフィスに、キャロルは驚いて振り返った。
足元には粉々に砕け散った壺の破片と黄金造りの長剣

「本当に・・乱暴者なんだから・・・・・・・」

あなたにとってこの剣は大切な命綱・・・どんなにわたしが否定してもこれはやはりメンフィスにはなくてはならないものだ。
王として身を守る為にどんなときでも手放すべきではないだろう。
・・・なのに投げ飛ばしてしまうなんて・・
そう思って拾い上げようと立ち上がったとたんメンフィスが急に庭へ姿を消してしまったのだ。

とがった壺の欠片を踏まないように、シャラシャラと指でよけながら急いで剣を両手で取りあげる。
ずっしりと重い
よくこんな重量の剣を軽々と片手で扱えるものだと思う。
それともこの黄金の鞘が重いだけなのだろうか?
「・・・・・・・」
柄をにぎり試しに引き抜いてみようと思ったが、なぜか手が震えて抜けなかった。
いくつもの命を奪ってきた刀
でもそれは今までメンフィスを真に守り抜いてきた一刀でもある。
わたしがこれ以上に彼の命を守ることはできないだろう・・
そうなのだ・・いくら愛を叫んでも・・この非情な古代世界で現実にこの剣に勝るものは何もないのかもしれない。

それでも・・・わたしは・・『殺すなかれ』といいつづけるだろう・・・・

ぎゅっと剣を胸に抱きしめて歩き出す。
外へ出たとたん明るい日差しが急に全身を覆い、一瞬周りが見えなくなった。
細めた目にぼんやりと浮かぶ後姿


(メンフィス・・・)


―――メンフィスはルカを助けてくれた
そうよ・・大丈夫・・・貴方は決して残酷なだけの王にはならないわ
わたし・・・・・・・そう信じることにしたじゃない

わたしも・・・・貴方を守りたいのよ・・・・・たとえ非力でも・・・
愛しているから・・心の底から貴方を愛してしまったから・・・・・・・







背中に何かが触れた

(!・・・・・)

背に・・・肩の下に擦り寄る柔らかな感触
胸元に回された細い腕
白い包帯が眼に映る
・・・・・・・わたしが砕いた・・・かぼそい左腕・・・・・・


(キャロル・・・・! なぜ・・?)


振り向けなかった
すぐにも振り返ってこの手に抱きしめたいと思っても、痺れたように全身が動かない
なぜか分からなかった
言葉が・・・声が出ない

「・・・・・・メンフィス」

信じられぬほど優しげな声・・
あきらめさえしていた・・心が震えるほど望んだ愛しい声
もう一度呼べ・・私を

「メンフィス・・」

そう・・・もう一度・・・・ずっと・・・・・・わたしの側で・・・

「メンフィス・・・・・・・・・メンフィス・・?」

胸元にまわされたキャロルの左手
その細い指先に・・震えるのをこらえながらやっとの思いで自分の手を重ね合わせた。
自分の手が冷たくなっていたのに気づかされる。
キャロルの細く柔らかな指がたまらなく温かい。
知らず天を仰いだ。
青い・・・・
そなたの顔が見たい
そなたの瞳はやはりおびえているだろうか・・・
それでも・・・・・・よい。


「キャロ・・・ル・・・!」

目を疑った
(そなた・・・・)
その胸の中にわたしの長剣を抱きしめて立っていた。
まるで守り抱くかのように。
優しさにあふれた穏やかな顔をして。
・・大切そうに・・それを・・・・・そなたが・・・
あれほど血が流れるのを嫌っていたそなたがその剣を・・・・
    ――――――だめだ!!!!っ

「ふ・・れるな・・・・・」
「え・・?」
「それに触れるな!キャロルっっ!!!」
「メンフィス!?きゃぁっ!!」

メンフィスは振り返るなりキャロルが抱きかかえていた長剣を手荒に奪い取った。

「・・・ご! ごめんなさい・・っ!でも貴方の大事な剣だからわたし放っておけなくて・・」
「そなたが穢れる・・!!」
「え・・!」
「触れてはならぬ!」
「・・・・そなたはこんな物を持ってはならぬ!」
「メンフィス・・」
「ならぬ!触ってはならぬ ・・そなたは・・・決して・・・」
「メ・・」

   ―――――血塗られるのは・・・・・・私だけでよい!!


息が出来ないほど強く抱きしめられた
その時のメンフィスの息遣いはとてもとても荒くて・・・苦しそうで・・・

「メンフィス?」
「・・・・・・・」
「メンフィス・・どうしたの?」
「・・・・・」
「メンフィス?」

メンフィスの腕は解かれる事なく熱くキャロルを抱きしめ続けた。
いつまでも・・いつまでも・・・・
―――動くことすら許さないとばかりに・・

「・・・・・メンフィス?」

愛しくて
愛しくて・・・・
心が粉々に砕けてしまいそうなほど痛い―――
そなたが私を呼ぶだけで・・・こんなにも


「メンフィス・・・あの・・・・・腕が・・」
「・・・・」
「腕が痛いの・・・・力をゆるめて・・・お願い・・・・・」
「・・・・」
「ねぇ・・・メンフィ・・・・・・・・」


「!」


見上げたその瞬間・・・・わたしの周りで全ての音が消えた
瞬きすらできなくて―――




微笑んでる・・・
メンフィスが・・・・あのいつも恐ろしかったメンフィスが・・・・

穏やかにわたしを見つめて
笑ってくれている―――――






「―――愛している・・・キャロル」



「・・・・・・・!」






時間がとまってしまったかのようだった

それは・・・あなたが初めて見せてくれた・・わたしの望む・・・・・愛の告白だった。


Fin.


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