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Pyramid T


「うわあっ!見えてきたわ!やっぱり何度見ても素敵だわ!」
「こら、手を離すな!私の側から離れてはならぬ!」
「メンフィス!!ね、もっと速く駆けて!お願い」
「だったら、しっかりつかまらぬか!振り落とすぞ!!」
「大丈夫よ。だってメンフィスが抱きしめてくれているんだもの。」
「!」
「ねっ」
「こやつめ!!」
ぎりりと後ろからまわされた腕に力が込められる。
キャロルは馬上でしっかりと抱きとめられ、さらに速度が速くなった。
少し前傾したメンフィスは妃の望むまま愛馬を走らせてゆく。
まるで風に乗っているようだ。
鞍に小さな手をかけ、身体は揺らぐことなくメンフィスの腕に支えられている。
文句をいいながらも、けして危険にさらすことはしない。
ここはこの上なく安心できる場所だった。
目前に視線を投げる。
巨大な大ピラミッドが、美しい雄大な姿で迫ってきていた。
完成当時のままの、化粧石も完全な、みごとな造形物が・・・・・


下エジプト城砦宮殿、ここは現代のギザ周辺だ。
宮殿の後方にはエジプト3大ピラミッドが聳え立つ。
メンフィスはナイル河口に強力な海軍施設を設置する計画上、
視察・調査などをかねて、しばらくこちらで政務を取ることになった。


「わたしも行っちゃダメ?」
数日前、そのことが決まった協議のあと、
奥宮へ戻る回廊でおずおずとキャロルはメンフィスに問い掛けた。
実はメンフィスが数日テーベを留守にすることはそれまでにもたびたびあったのだが、
今回はそれより長引きそうだ。
もとよりメンフィスは今回キャロルを伴って行くつもりだった。
それが当然の事として、あまりにあたりまえなことと思っていたので、口にもしていなかった。
それを、キャロルが改めて不安そうに問い掛けてきたので、はたとそのことに気づいたのだ。
「わたしも行きたい・・・・・」
少し不安そうに上目遣いに自分を見上げる。
小さな小さな声で・・・・・
メンフィスの口元がふわりとゆるむ。
愛しくてたまらない。
今にも消えそうな声音ですがりつかれ、だれが嫌だといえようか・・・
黙ったままのメンフィスに、何を思ったのか、キャロルは小さく溜息をついて視線をおとした。
「ごめんなさい・・・・でも・・・・早く・・・早く帰ってきてくれなきゃいやよ。」
「キャロル?」
「ちゃんと・・・王妃様らしくして待ってるから・・・だから・・」
キュッと衣装の裾をつかんで、無理に微笑み返してくる。
離れたくないという気持ちを押し殺しているキャロルのいじらしさに
ようやくメンフィスは口をひらいた。
側にいたいというキャロル・・・
意地が悪くともそのままずっと眺めていたかったのだが・・・
心の内でもうキャロルが泣き出しそうになっているのがわかる・・・


「キャロル・・・・・もっとわがままを申せばよい。」
「・・・・・・」
「そなたの望みは何でも叶えてやるといつも申しておるのに・・・
いったい今までそなた私の何を聞いておったのだ?」
「!?」
「最初からそなたを置いて行くつもりなどない。それとも私に幾晩も独り寝をさせるつもりなのか?」
「メンフィス・・」
「残りたいと申しても、縛り上げてでも引き連れて参るわ。」
くいっと顎をひきあげ唇をついばむ。
暫し驚いたように見開いていた青い瞳が、きらきらと輝き飛付いてきた。
「メンフィス!メンフィス!!嬉しいっ!」
抱きついたキャロルを熱く感じながら両手のなかに抱きしめる。

何より愛しい我が掌中の珠・・
そなたが微笑んでいられるのならどんな事でも叶えてやろう。
だから・・我が側を離れてはならぬ。離しはせぬ!



馬上のキャロルは上機嫌だった。
時折後ろを振り返り、幸せそうに笑顔をみせる。
風がまきあがり、黄金の髪がきらきら眩しく流れ行く。
今にもすり抜けて消えてしまいそうな不安を拭い去るために、
抱きしめる腕の温もりを何度も確かめながら、メンフィスは煌めくナイルの岸ぞいを駆け抜けた。


「ピラミッドだわ!!」
キャロルが歓声をあげた。
その姿が近くなればなるほど、キャロルの興奮は増すばかりだ。
かなりの長時間の疾走だったというのに、少しも疲れた様子はない。
子供のように嬉しがるさまに思わず相好を崩すメンフィス。
言われるままに、その裾の一角まで足を伸ばす。
馬を下り、美しく覆われた化粧石に触れながら、
キャロルは輝く巨大なクフ王のピラミッドを仰ぎ見た。
「なんて綺麗なのかしら!素敵だわ!感動よっっ!!!!すごいわっっ!!!
ねぇ、メンフィス、シェセプアンク(スフィンクス)も側まで見に行っていい?神殿も・・ダメかしら?」
「神殿?以前祭儀をした場所であろう?知っているではないか。」
「ええ。でもあの時は中をゆっくり見学することもできなかったから。
あとね、古代のスークも見てみたいの!あ・・・時間があればでいいけれど・・・・。」
「―――それは構わぬが・・・・・やれやれ・・そなたの興味は底なしだな。」
苦笑しつつも馬首を返し、キャロルを引き上げる。
しかし気になるのはこの軽さだ。
華奢な身体は重みを感じさせぬほどの感覚で持ち上がる。
小さいとはいえ、外見の予想以上に軽いのだ。
今日はかなりの陸路をゆく日程だったので、衣装もいつもより簡素で楽なものを身につけている。
もちろん、黄金作りの正妃の衣装の時とは全く違う。
分ってはいても余計にその落差を感じてしまう。
「そなた・・・ちゃんと食べておるのか?」
思わず口走ってしまった。
「え?」
「いや、よい。・・参ろう」
いきなりの問いかけに不思議そうに見上げるキャロルの顔はいたって元気だ。
薔薇色の頬、瑞々しいすべらかな肌・・どこも心配する必要などなさそうだ。
指で触れながら、やわらかなその頬にキスをして、
メンフィスはその涼やかな切れ長の瞳に笑みを浮かべた。



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