Pyramid U
国事は途切れるということがない。
下エジプトについたその日にもう、目まぐるしく色々な決済事項がメンフィスのもとに集まってきていた。
夕刻、食事をしながら、今も先ほど早馬で届いたばかりの報告書に目を通している。
カサ・・・・手早く指示を書き込み、側の書類箱に移してゆく。
「ごめんね。メンフィス・・・1日中引っ張りまわしてしまって・・・」
「急ぎのものだけだ。すぐに済む。・・・・何を沈み込んでおる?」
「だって・・・」
そばで小さくなってキャロルが届いた書類の山を見て溜息をついていた。
急ぎのものだけでこれだけあるのだ。
「手伝えればいいんだけど・・・・」
「充分手伝っておるわ。」
「?」
「そなたが側にいるだけで何故か疲れぬ。それに考えもまとまり易いのだ。」
そういって軽く手招きする。
遠慮がちにそろそろと近くに寄ると、メンフィスはキャロルの膝を枕に寝転がり、
そのまま報告書の処理を続けた。
「メンフィスっ!!」
「仕事を与えてやろうキャロル。ワインだ」
悪戯っぽくキャロルを見上げるメンフィス。
両手が書類でふさがっている。
視線で命じている内容を理解した。
(飲ませろ)と・・・
真っ赤になりながらも、横になるメンフィスの邪魔をしないように慎重に酒盃に手をかけ口にした。
うつむくと長い金髪が流れ落ちる。
片手で掻き揚げ抑え下を向きなおすと、しっかり視線がはちあわせた。
待ちきれぬように、メンフィスの手がキャロルの首にかかり引き摺り下ろしていく。
重なる口の端から赤いしずくが伝い落ちる。
「・・ふむ。なにか適当に選んでくれ。わたしは忙しいからな。」
「もう!メンフィスったら」
くすくすとわらいだすキャロルを見て、ふっと笑みを返す。
指を金の髪に絡め、思い出したかのようにもう一度妃の顔を見上げた。
キャロルは親鳥よろしく、食べやすいように料理を小さく切ってパンに挟んだりしていて、
見つめるメンフィスに気づいていない。
「 ? なぁに?メンフィス?」
はいっと口元に料理を運ばれ、だまって口にする。
いそいそと次は何にしようかと皿を物色しているキャロル。
摘み上げた料理をメンフィスに差し出したが、その手は掴まれ逆にキャロルの側へ押しやられた。
「食べよ」
「え?これ嫌いだった?」
「そうではない。そなたも食事をいたせ。先ほどから少しも食べておらぬ。」
「食べてるわよ。もうおなかいっぱいなだけ・・・で」
「・・・・・・・」
「・・・・わかったわ・・・・・いただきます。」
鋭い眼差しに押し切られて、手にした料理を口に運ぶ。
飲み込むまでメンフィスは微動だにせず見つめていた。
「―――小食なのは分っておるが・・・できるだけ沢山食べよ。
ただでさえか弱いのに、これ以上体力が落ちてくれたら困る。
・・・・・・安心して力いっぱい抱けぬではないか。」
さらりと赤面なセリフを投げられ、絶句したまま真っ赤になるキャロル。
妃にしてから幾年にもなるというのに、少女のような反応は相変わらずだ。
そこがまた可愛らしくて、ついからかいたくなるのだが・・・
「わたしのためにも、もうすこし食べるようにいたせ。よいな。」
―――あまりに華奢すぎるそなたの体が心配でならない・・・・・・
軽口の裏に何かを感じたのか、しばらく硬直していたがコクっと素直に頷いた。
それを見届けて、メンフィスはまた書類に視線を落とす。
時折、キャロルの差し出す料理を口にしながら。
気を散らさないようにキャロルはずっとだまっていた。
でも・・何も語らなくても幸せだった。
こうして、二人でくつろげる時間を持てることが嬉しくて・・・・・
互いを思う気持ちが優しくて・・・
膝にかかる重みが、なんでもないことだけど、夫婦なんだと実感させてくれる。
カサ・・・・カサ・・・・・
ただメンフィスの手にするパピルスの音だけが響く。
キャロルは報告書に目を通すメンフィスの顔をずっと飽きることなく見つめていた。
文字を追う瞳・・視線を覆う長いまつげ・・美しくとおった鼻梁・・
半時ほどそうしていただろうか?ずっと集中していたメンフィスが
ふいに瞳をこちらへ向けた・・・黒曜石の輝きをたたえて・・・・
「あ・・・果物どう?葡萄がいい?」
「いや・・・」
じっとキャロルを見つめ、視線をはずそうとしない。
キャロルもメンフィスの眼差しに沈んでしまいそうなほど見つめ返していた。
何を言うでもなく、自然に二人の距離が狭くなる。
覆い被さる金の髪・・・
かさり・・・・
磨かれたタイル張りの床にパピルスがおちる。
メンフィスの両手には柔らかな体が納まっていた。
重なる唇に言葉はない・・
見下ろすキャロル
見上げるメンフィス
瞳で交わす声が聞こえる。
(書類は?)
(今日はここまでだ)
互いの言葉がわかって、声もなくクスクスと二人で笑いあった。
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