Pyramid V
「今日も暑いですわねぇ。とと、姫様、あれ・・・? 姫様ぁ〜お庭においでですかぁ?」
てっきり部屋の中にいると思って、元気よく声をかけて入ってきたテティだった。
(もうファラオも視察にお出かけになったことだし、今のうちにお部屋の整頓にかからなきゃ・・)
鼻歌まじりに今日の仕事の段取りを考えながら、
涼しげな奥庭のベランダ、あずまやへと足を向ける。「ひめさま〜っ、御召しかえのお衣装をお持ちしましたけど・・・あれ?ここにもいらっしゃらない・・」
―――いないっっ!!
両手を頬にあてて、慌てて右往左往と走りまわるうちに、
どんどんいやな予感が増してゆく・・(ま、まさか・・・まさかね・・・あは・は・・・・・は)
「うそ〜〜〜っっ!!!本当に ど、どこにもいらっしゃらないわっっ〜〜〜!!!」
もう、絶叫だ。
ばたばたと走り回るうちに他の侍女たちもキャロルのいないことに気づき始めたのだろう、
ナフテラ女官長が血相をかえて走りこんできた。「テティ、キャロルさまは?!」
「それが・・・心あたりをみんな、今見て回ってきたんですけど・・・」
「いらっしゃらないのですか?」
「どこにも・・」
「!ルカはいますか?」
「あ、そうか!ルカなら姫様と一緒かも・・・見てまいります!!。」
そう言って、駆け出した目の前の廊下でいきなり、
テティはこちらにやって来るルカとウナスにはちあわせたのだ。「な、なんでっ!!あぁどうしたらいいの?!」
「どうしたんだテティ、朝っぱらから血相を変えて・・」
「ナフテラ様ぁぁぁぁ!!!」
絶望的な表情でナフテラにすがりつくテティの様子に、
ルカとウナスは即座にここで起こっているだろう事態を察した。「いいですか?くれぐれも騒ぎ立てないように!
わたくしはメンフィス様にご連絡してまいります。おまえたち、もう一度周囲を確かめなおしてきなさい!下働きの場所もですよ。」
――――やっぱり・・・!!
ルカとウナスは顔を見合わせて、同時にきびすをかえした。
王宮と同じく、この城砦宮殿の警備は並大抵ではない。
外からの侵入者が『あの』王妃様をかかえて誰にも知られず連れ去ることなど不可能だ。
できるものなら、とっくに自分がやってのけている。一番身近に忍んでいる間者であるルカ自身がそう思うのだから・・・。
―――だがその逆は?恐らくありえる可能性は1つしかない。
(お忍びだ!!!!!)
宮殿の城門側へ走ったのはルカ。周囲を固める近衛兵達に伝令を出したのはウナス。
どちらも城外に抜け出されるのだけはシャットアウトしようとする阿吽の呼吸だ。
メンフィス王が出かけられてからそう時間は経っていない。
広い城内だ。まだ間にあうだろう。
なんでも興味を持たれるキャロル様のことだから、
今頃この城砦宮殿の中を興味津々で見て回っているに違いない!!!(・・・それも・・きっと、なんの悪気もなく・・・・・)
突っ走りながら、ウナスはそんなキャロルの無邪気な様子を予想して深い溜息と頭痛にさいなまれた。
―――到着後の3日間・・・・・何かが起こる魔の時間・・・・
それは、お付武官ウナスの長い経験から(?!)キャロルに対してあみだした標語だった。
(まさか、また当たりかよぉぉぉ!!!)
と、心中狂乱・・・すでに例外がないくらいの真実になっている。
とにかく早く探し出さねば!!
ほんの小さな行動が、思わぬ大事件に巻き込まれるきっかけになりかねない。
今まで彼女の間近でいやというほどそのことを体験してきたのだから・・・
「おかしいわね・・・確かこっちだったはずなのだけど・・・・」
こちら、その奥宮騒動の張本人。
寝室のまどろみから見えた朝日に輝くピラミッドに魅せられ、
ほんの散歩のつもりで神殿までやってきたのだが・・・・・どこまでも並ぶ同じような列柱の間に、方角が分らなくなってしまったのだ。
巨大な石を組み合わせ作られた神殿内部は思った以上に暗い。
主要な祭壇周囲はともかく、ほかの通路・部屋に関しては、
天窓から差し込む強烈な光の柱と、その光の作り出す広大な暗い影の繰り返しだ。
目が慣れないと光の残像で周囲がよく見えない。最初は昨日メンフィスと訪れた時の記憶の通り来ればよかったので
問題は無かったのだが、興味のままあちこち見て回っているうちに、
どこかで右と左を間違えてしまったらしい。一度勘違いすると、あと全部が狂っていく。
全く反対方向へ進むうち、いきなりこのだだっ広い列柱の間に出てしまい、
途方にくれてしまっていた。見覚えもない。人も何故か誰もいない。
「こんなところがあるなんて・・・メンフィスったらどうして教えてくれなかったのかしら・・?」
外気が通りにくいのか、空気がいやに冷たい。少し肌寒いほどだ。
シーンとしたホールに、自分の足音が妙に遠くまで響いてしまう。
「入口付近はあんなに大勢いたのに・・・」
あまり騒がれるのも嫌だったので、キャロルはこっそり庭側からここへ入り込んだ。
正面きって訪れたら、きっと昨日のように大騒ぎで歓迎されてしまうし、
見学どころではなくなってしまう。(せっかくきたんだもの、誰にも邪魔されずにたまにはゆっくり見て回りたいものね・・・)
いたずらっ子よろしく、垣根や塀を潜り抜け、女神官のふりをしてもぐりこんだのだ。
当然、誰もここにキャロルがいることなど知らない。
明かり採り用に数箇所開けられた隙間から、光が柱のように何本もさしこんでいる。
その角度で、キャロルはようやく全く反対方向に歩いてきていたのに気がついた。
はた、と立ち止まり、この神殿の構造を反芻してみる。
―――ということは・・・・・・・・・
改めて周囲を見回すキャロル・・静かだ・・・とにかく、物音一つしない。
こんなに壮麗なのに・・・
そう、異様なほどの静寂だ。人がいることが不自然なほど・・・・・・
立っている自分の周りの空気が明らかに違う。
一番奥・・・最深部・・・
これが真正面に当たるのだろうか・・・重厚な扉があった。
その周りに設置された祭壇・華麗な石像群・・・
じわじわと、それが何であるか、思考の中で形をなしていく。
まさか・・・まさか、ここって・・・
「そう。ここから先は死者の世界・・・・」「ひっっっ!!!!!」
首筋に張り付くほどちかくから発せられた声。
すぐ真後ろにはっきりとわかる人の気配。
背中に取り付いたかのようなささやきが、キャロルの心臓を硬直させた。
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