王家の谷へ   Back     Next     


Pyramid X


遺体が2つ・・・・


キャロルが暗殺されそうになったその日のうちに、

例の犯人と見られる下エジプトの兵士が発見された。


一人は神殿近くの池の中

一人はピラミッドの防御用に作られていた仕掛けに落ちて・・


しかも届けられた調査報告はかなり妙なものだった。

池に落ちていた者は自らの胸を自分で刺した状態になっており、

また、もう一人についても、手に非常に古いパピルスを握り締めていたというのだ。


そのパピルスが届けられ、今、メンフィスは厳しい瞳で読んでいる。


「・・・・・・・・ それにしても・・・これは・・・・・・?」

「随分と妙なものでございますな。普通、一般に手に入るものではございません。」

「そうだな。私も父上の時に一度見たきりだ。」


それは、埋葬の際、遺体に添えられる死者のための護符だった。

しかもこれは、けして市井のものにはありえない見事な装飾と神聖文字でかかれたものだ。

「まぎれもなく王の護符・・・でしょうな。

かなり古い文字ですので少々特定はむずかしいですが・・・・・

どこかの王墓があばかれているということになります。

死体は二人・・あまりに不自然な状態ですので、恐らく第三者に殺害されたものでしょう。

その者がこれを死者に握らせたとなると・・・その者、個別に調査が必要ですな。」

「・・・・それで、キャロルの申す少年とやらの見当はついたのか?」

いまのところ、その少年が事件に関する最も有力な関係者だ。

ところが、どこをどう探しても、そんな少年はいまだ見つかっていない。


側のミヌーエをみあげる。彼は律儀に軽く礼をとったあと王に近づき報告をはじめた。

「神殿関係者全てと、この地方の貴族の年少者についても総当りで調査いたしましたが、

キャロル様の仰るような少年については該当するものがおりません。

既に何名かお目通りいただいて王妃様にもご確認いただいておりますが、いまだ・・・。

そもそも、あの神殿では少年の見習などはおいておりません・・・。」


しかし、キャロルが嘘など申すはずもない。

しかも・・・・

《誰も知らないはずの抜け道》を使わせたとなるとただの子供と放っておくわけにもいかないのだ。

また、大の大人を2人とも手にかけたのなら、その手際のよさも懸念しなければならない。


―――ただの偶然だけではありえまい。

あの神殿に精通していなければ成せる事ではない・・・・。


仕掛けに落とすことができるだけの構造に対する明るさ・・・・

―――王たるものにだけ許される歴代からの極秘事項ではないか。


最初はキャロルの叡智でもって、あの通路を見つけ出したものだと思っていたが・・・


秀麗な眉をひそめ、もう一度、手にしていたパピルスの護符に目をやった。

年を重ね、いくぶんかかすれてしまった神聖文字

しかし、はっきりと読める。


―――王の眠りをさまたぐるもの・・死の翼触れるべし―――





宮殿のベランダでキャロルはボーっと外を眺めていた。

大きな木がすぐ側で梢を揺らしながら涼風をたなびかせている。

木漏れ日に当たりながら、その肌は日焼けとは無縁のように、透き通るように白い。

メンフィスが政務にいっている間、キャロルは大抵この場所で、

こうして、ひがな一日を過ごしていた。

もちろん国事に同席することもあるが、ここ最近はそれすら取りやめさせられていた。

例の神殿での暗殺事件以来、一切部屋から出ることを禁じられ、

宮殿内といえど行動することを差し控えさせられている。

することも無く、動くことも出来ないので、眼下に行き交う兵士や役人・侍女たちを

眺め暮らしているわけだ。

「ヒューマンウォッチングも悪くはないわよね・・・・」

(もしかしたら、あの子が通るかもしれないし・・・)


いまだ見つからない少年の顔を思い浮かべて、階下の人の行き交いを見下ろしていた。

発見されたのは殺された2人の兵士だけで、彼はいない。

あれほど念入りに調査されたのにも拘らず手がかりすらないあたり非常に不可思議だが、

それでも、彼が被害に遭わなかっただろうことにキャロルは胸をなでおろしていた。


彼が殺人をしたかもしれないという疑惑も知っている。

上流貴族なら人前にでないように、家族に匿われているのかもしれない・・・・


(でも・・・・・もう一度・・・逢いたいわ。助けてくれたお礼も言っていないのだもの・・・・)


ゆらゆらと揺れる木の葉の陰が、ぼんやりとしていたキャロルの視界に睡魔を呼び起こす。

穏やかな小鳥達の鳴き声・・・

目にうつる広大な蒼い空と、川幅を大いに広げ地中海に注ぎ込む碧いナイル・・・・

キラキラと光を反射してとても綺麗な・・・・・ギザのピラミッド・・・・

人の流れを見ていたはずなのに、いつのまにか手すりに寄りかかってキャロルは眠ってしまっていた。




「う・・・ん・・・・っ!!」

少し日が傾いてきて気温が下がったのだろう。

冷やりとした空気にはっと目が覚めて前方を見開いた時、思いもかけないものが見えた。

あの少年がバルコニーの下の木陰からこちらを見上げているのが目にうつったのだ。

「あっ!!」

ひらひらと手を振っている。

「ま、待ってて!そこに居て!!」

部屋を飛び出して駆け下りるキャロル。

周りに控えていたもの達が目をむいたのは言うまでもない。

あわててその後を追いかけるが、しかし、キャロルの足は意外と速く、

静止することも出来ず、するすると障害を突破していってしまった。

警備をしていたものは、いきなり王妃が裾も掻き揚げ全力疾走していく姿に一瞬目を疑い

追いかけるタイミングを逃してしまって唖然と突っ立ってしまったからだ。

「な?!何事!!」

「いまの、王妃さまじゃないかっっ!!」 「お、おい、ご、護衛をはやくっ!!!!」

「おまちをっっっ!!王妃様っっっ!!!王妃様〜〜っっっっ!!!!」



「あははは。はやい はやい さすがだねお姫様。」

「あ、あなた、どうしていたの?! ずっと探していたのよっ!!」

木陰まで一直線に走りこみ、ぜいぜいと息切れしながらまくし立てるキャロルに、

少年は笑いながら肩をすくめた。

「おっと、もうお付がいっぱい追いかけてきた。

待っていてもちっとも遊びに来てくれないからさ・・・っていうのは冗談。

顔を見にきただけなんだ。元気そうでよかった。じゃ、退散するよ。」

「ええっ?だって・・・? ちょっと待ってよ、あなた名前は?どこに行くの?」

食いつくキャロルに少年はふとなにを思ったか、にっと笑った。

「下町。来る?」

くるっと機敏に振り向いた顔に、あの笑窪。きらっとイタズラっこな瞳が輝く。

もう少年の足は駆け出していた。

どうしてだろう?キャロルはその背を追いかけずにはいられなかった。

かろやかに走り抜ける後ろ姿を、迷うことなく追いつづけた。

ぽんぽんとよどみなく発せられる口調の小気味良さ・・・

彼の発する何かが人をひきつけて止まないのだ。

奥庭・水路・路地・垣根・・

どこか幼い頃かけぬけたような・・・・・・・・

懐かしい、子供達だけの秘密の通路のようなところをすり抜けていく。

次々にみせられる宮殿の裏側に、しらず、キャロルは夢中になってしまっていた。

「近道をしよう」

少年はキャロルの頭の上から自分のフードを投げかけた。目立たないように。

「こんどはどこに出るの?」

「そら、この下がすぐスークの裏につながっているんだ。」

「まあっ。本当だわ!!」

「おなか減ったんじゃないか?『とっておき』を教えてあげるよ」



行き着いた先は、入り組んだスークの中の、ちいさな料理屋だった。

ぱたぱたと炭火で鶏肉をあぶっているだけの露店にすぎないかもしれない。

「ここのタレが絶品でね。すごく美味いんだ。多分、いまでも変わらない味だと思う。」

「うわあ・・いい匂い。じゃあ随分まえからあるのね?これが貴方のとっておき?」

目を輝かせるキャロルに、ちょっと恥ずかしそうに少年は笑った。

「まあ・・・・・。本当言うと、私ではなく父上と母上のお気に入りだ。

ずっと昔からやっている。何代目になるのかな?なにせ、かれこれ・・・・」

「あ、でもいま、わたしお金をもっていないのよ。せっかく連れて来てくれたけど・・・」

「おんや、お嬢さん、一本どうだい?美味しいよ!!味見していくかい?

なんたって100年も前からこの辺で大人気の自慢の焼き鳥さね。」

「そうなの?じゃあ、味見でちょっとだけいだだいていい? わぁっ!美味しそう!

あなたもどう?好きなんでしょう?」

「わたしはいい。どうかな?美味いだろ?」

「!!ほんとね!美味しい!! 凄く美味しいわ!」

「だれとお話ししてるんかいね?お嬢さん? ひっ!!な、ナイルの姫様っっ?!!」

店先に立ち止まるキャロルに気づいた店の老婆が

なにげなく客寄せで呼びかけ対応していたが、

フードから覗くその顔を真正面から見たとたん、腰をぬかして驚きこけてしまった。

「お、おばあさんっっ!!大丈夫?」

「ひぇぇぇぇぇぇっっ、も、もったいなや〜もったいなや〜〜〜っっっ」

「ご、ごめんなさい、驚かしてしまって。あ、あの・・・・あのっっおばあさん!!ちょっと・・・」

急いで助け起こすキャロルに老婆は更にたじろぎ、恐れおののくばかりだ。

その老婆の悲鳴を聞きつけた人々であっというまに周囲は大騒ぎになってしまった。

ガードは誰も居ない。押し寄せる民衆の勢いは止まることを知らなかった。

「ナイルの姫様だ!!」

「王妃様が?!!本当に?!!!」

「私達のナイルの姫様がっっ!!どこ?どこ?!!」

「おいっ こら押すなっっ 押すな!!」

「ナイルの王妃様〜〜〜っっ!!!」

《ど・・・・・どうしようっっっ!!!!!》

2重3重の人垣が今にもキャロルを押しつぶそうとしたときだった。



『無礼者!!さがれいっっっ!!』



「うわぁっっ」

「はっ!!!」

「きゃぁぁぁ」

どこからか響いた大音響。重厚な威圧感のある声が神雷のように頭上に落ち、

驚きの内に、一瞬人々の動きが止まった。


硬直した人々の間からぐいとキャロルは体を引っ張られた。

少年がキャロルの腕を掴み、にっと笑う。

そして、そのままドンと背を押され、バランスを崩してキャロルは前方につんのめってしまった。

「きゃあっ」

「おお!姫っ!!!!ご無事で?!」

そこにはいち早くキャロルの居場所をつきとめたルカが目の前に立ちはだかっていた。

「え?」

こけそうになっていたキャロルを今度はルカが支えとめる。

「お、おけがは?」

「・・・・いま、ルカが叫んでくれたの?」

「は?」

「・・・無礼者・・・って」

「いえ?騒ぎを見つけて、飛び込んでまいりましたが・・・」

そう言いながらも、キャロルをガードして、人ごみを次々突破していく。

「・・・・・・・じゃあ、・・・・もしかしてあなた?」

振り返ってみると、すぐ後ろについてきていた少年は少し肩をすくめて照れたように苦笑していた。

きらりと額の金の髪飾りが光る。

「悪かった。危ない目にあわせてしまった。」

「いいえ。ありがとう。また助けてもらったわね。でもすごい声でびっくりしちゃったわ。

あ、そういえばあなた、まだ名前を教えてくれてないじゃない。ね、なんというの?」

「名前・・・・・・・」

「ね、教えて。それにどこに住んでいるの?

あ・・!・・不都合なら誰にも言わないって約束するから・・・」

やっぱり、例の事件のために口止めされているのだろうか・・・

いいよどむ少年にキャロルはちょっと躊躇した。

「あそこで暮らしているって言わなかったかな?」

「あそこ?」

「そう。お姫様と会った場所。」

方頬をニッとあげ、片目をつぶる。ひどく意味深な表情で。



「姫?なにを先ほどから一人でしゃべっておいでなのですか?」

「え?ルカ?」

「さあ、早くこの場を出ましょう。こちらへ!!」

「あ!まって、まだ彼に・・!!」

「彼?」

振り向いた先には忽然と少年はいなくなっていた。

「ど、どうして?!!・・・・・・・・いったい・・・・??」

「姫!早く!」


そのあとすぐ、ルカの後追いをしてきた兵士たちがなだれ込み、

キャロルはそのまま宮殿に戻ることになった。

輿にのせられ、宮殿に向かう途中、また、あの少年の声が聞こえた気がした。


《またな。お姫様。》


風の行く方角には黄金に煌めくピラミッドが光っていた。





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