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Pyramid Z 〜Epilogue〜


「まって!メンフィス!!」

「何をもたもた致しておる!!はやくいたせ!出発するぞ!」

下エジプトでの政務が一段落したのはそれから2週間後。

かれこれ1ヶ月ほどの長期滞在となった。

季節も移り変わり、そろそろナイルの増水時期である。

水没する前にテーベの都へ帰還する。


あれ以来キャロルの周りで起こった不可思議な出来事はピタリとなくなり、

いたって平穏な日々だった。

ただやっぱり気になるので、キャロルは毎日神殿に花を摘んで詣でるのが日課になっている。

メンフィスと一緒に。



「こんなところにまでそなた入りこんでいたのか?」

最初、共に詣でたときは、さすがにメンフィスもあきれかえった。

予想していたとはいえ、キャロルの入り込んだ所は非常に神聖な場所として、

決して足を踏み入れてはならないと歴代にわたり自然と習慣づいていた所だったのだ。

「神の怒りにふれたらどうするつもりだったのだ!!まったく知らぬが仏だ。」

「そうなの?!」

「そうなのだ!!」


(そうだ、姉上にきつく言い渡されていたからな・・)


《メンフィス、・・メンフィス、 だめよ!入っては!! ここから先は神々の至聖所なのだから・・》

《至聖・・・?なんなのだ?ここは?》

《神となった王達の集まる聖なる場所・・・みな眠る場所は違っても、魂は自由・・。

ここで全てが出会うのです。貴方も、わたくしも・・・いつかはここに舞いとぶのでしょうね・・

・・王族の魂の還る場所・・・・・だからけして騒いだりしてはだめよ。》

《ふーん・・・? 姉上はそれを見たことがあるのか?》

《いいえ。・・・でも気配を感じることはあるわね。さあ、参りましょう。》



「ごめんなさい。本当に悪気はなかったのよ。でも、いいのかしら?

―――そんな大切な場所に入っちゃって・・・」

「なにをいまさら。そなたならかまわぬ。なにしろ呼ばれているのはそなただ。

なんといっても神の娘だからな。」

「でもメンフィス・・・」

「ごちゃごちゃ申すなら、もう連れてはこぬぞ。で、どこにいるのだ?その者とやらは?」

「え?」

「え?ではない。私にはみえぬからな。そなたにだけ姿をあらわすというのは癪だが・・・

たとえ見えずとも、王族の魂というのなら興味ある。どのあたりにいる?案内いたせ」

きょろきょろと周囲を見回し、さも当然のようにキャロルに問いかけた。

「まさかわたしに紹介しろって?」

「あたりまえだろう。礼を申すといったはずだが。

・・ついでに釘もさしておかねば・・そなたに今後手を出さぬようにな。」

「そんな無茶な!!・・・・だっていないわよ」

「なに?」

「出て来てくれないみたい・・・いないんだもの。本当だってば」

「そなたを呼びつけておいて無礼ではないか!」

「もう、メンフィスったら!!」




そんなこんなで、例の神殿の最深部に毎日二人で詣で続けたが、

とうとう今までただの一度もその姿をみることはなかった。


「きっと、メンフィスが後ろでにらんでいるからだわっ。」

「ふん!そなたをまた連れ去られてはたまらぬ。見張っていてなにが悪い!

・・・ところで、それはいったい何だ?」

おくれて駆けて来たキャロルの両手に、小ぶりの籠がおさまっていた。

中からなにか香ばしい香りがしてくる。

「うふふふふっ  これは『とっておき』よ!」

「?」

「今日で当分お別れなんですもの。せめてもの気持ち。」


カチャ・・


豪奢な祭壇にあまりに不似合いな貧相な小皿がおかれる。

ちんまりともられた焼き鳥。

出来たばかりなのだろう。湯気も呑気に上がっていた。

両脇にかざられたホルス神やアヌビス神の像が「なんだこれは?!」と絶句しているようにも見える。

これにはさすがのメンフィスも肩をすくめて失笑せざるをえなかった。

(こんな粗野な物を・・いきなりなにをやらかすか・・・まったくもって目がはなせぬわ)

そんなギャラリーはかまわず、にっこりと満足そうな微笑をうかべ、

キャロルは祭壇に両手をくんだ。


「今日、ギザを出発してテーベへ帰るの。色々ありがとう。これからも見守っていてね。

こんな王妃だけど、一生懸命がんばるから。」


素直といえば聞こえは良いが・・・・・

典雅さのかけらもない、なんとも型破りな祈りの言葉である。


《くっくっくっ―――どういたしまして・・・。》


(!!!!っ)



「キャロル、参ろうか」

「―――え、ええ。」


脳裏に響いた声に後ろ髪をひかれるように、そっと振り返ってみた。


祭壇に無造作に腰掛け、アヌビスの背中に肘をついた美麗な少年が手を振っている。

不遜なくらいにやりと笑う少年の、その頬に浮かぶちいさな笑窪・・・・

それだけではない・・・・・!

その側で、可笑しそうに串を頬張ってみせる壮年の男性もいた。

その姿、身にまとう衣装は、まぎれもなく豪奢なファラオのそれで・・・

後ろにいた黒髪の女性は、小さな金髪の嬰児を抱いて

柔らかにこちらを向いて微笑んでいる・・・・


(あ・・・・・・!!!!)


《楽しかったよ。兄上の妃でなければ正直連れて行きたかったところだが・・。

そうだな、こんどは歴代諸王たちと共に宴会でもいたそうか》


片目をつむる愛嬌のあるくせ


《ではな・・・未来からきたリード家のお姫様》



「メンフィス・・・・」

「ん?」

「あ・・・・ううん。・・・・・・ね、メンフィスも食べにいってみない?

ギザにいるのも最後だもの。あの焼き鳥、すっごく美味しいのよ!

私、あれならいくらでも食べられちゃいそう。」

「そうなのか?しかしめずらしいではないか。そなたがそれほど言うなど・・・

ならばテーベにつれてゆこう。その店ごと・・」

「あ、だ、だめよっ!!あそこで食べるから美味しいんだわ。

それにやっぱり・・・・・・・小さな楽しみは残しておかなきゃ。」


(貴方もきっと好きなんでしょう?たまにお忍びで食べに行ったりするの?)


胸が熱くなる・・・・・・・

出て来た神殿の内側を見やりそっと微笑んでいると、

キャロルの最後に発した言葉に反応してメンフィスの機嫌が急降下していた。

「な〜〜なにぃっ!!また抜け出そうと思っているのであろう。こやつめ!!」

「きゃんっっ!!」

「性懲りも無く!!白状いたせ!!」

「わ〜〜っっ!!メンフィス誤解よぉ!!暴力反対っっ!!」


ひょいと荷物を抱えるように肩にかかえあげ

ばたつくキャロルを軽々とあしらいずんずん足を進めた。

キャロルはといえば、おなかがメンフィスの肩にのせられた格好になり、

おしりを正面に前進していく形になる。

「お、おろしてっっ!!恥ずかしいっっ!!メンフィスったらっっっ!!!」

「うるさい!!さっさと行かねばいつまでたってもテーベに帰りつかぬ!!

そなたに任せていては、店にたどり着くまでに日が暮れるわ!!」

「メンフィス?!」

「時間がない。寄ったらそのままテーベへ向かうぞ。」

「メ・・・!!」


キャロルの顔が嬉々として破顔した。

「嬉しいっっ!!大好きよっ!!メンフィス」

「分っておるわ。そんなことは。」


わざとぶっきらぼうに言い捨てるメンフィス。

でも、いつも自分の為に心を砕いてくれている・・・・・。

キャロルは無理に威張るメンフィスに奇襲をかけた。

びくっとメンフィスの足が止まる。

見開いた目の前にキャロルの金の髪が舞っている

ふさがれた唇・・・・

それは更にゆっくりと押し付けられ、首筋に回された細い指がそっとメンフィスの頬をなぞった。

(・・・・・・!!!!!)

「愛してるわ・・・・メンフィス。ずっと・・・あなたの側にいるから。魂になっても・・・」

「キャロ・・」





遠ざかる巨大な金字塔・・・

あの下では不思議な力が宿っているといわれている

過去も未来も見通せるのだろうか・・・

夜毎王族たちの密かな宴が時を越えて催されているのだろうか・・・

あの下に眠るものたちは、やはり神そのものなのかもしれない。


See You Again ・・・・・・・・さようなら・・・名前も知らない私達の弟君・・そして・・》


どこまでも抜けるような青空のもと、偉大なファラオ達が眠っている・・・

自分の全てを見守るやさしい神が

今も・・昔も・・・・。



Fin.










   ≪のぞきあずま屋住人の戯言≫ あとがきともいう・・・・・

長らくのお付き合い誠にありがとうございました。

これにて終劇でございます。いかがでございましたでしょうか?

前提として、『ネバ事件』は全て解決済みの上でのお話になっております。


本物の弟君・・生まれておわしたら、さぞかし素晴らしく美形でいらしたはず・・・うふ(はぁと)

などと不埒な空想をいたしておりまして何とか登場させてみたかった次第。

やっぱり長編は苦労しますね。読むほうも大変でしたでしょう?お疲れ様でした。(ぺこり)


ま、とにかくHappyEndになってくれて良かったです(照照)。ではSee You Again!


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