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Second Night
V




キイ・・・・・・・

軽い扉の軋みが耳元をよぎる

肩越しにメンフィスの寝室のドアが押し開けられるのを、キャロルはまるで酔っているかのような気分で瞳に映していた。
何枚も重ねられた薄い天蓋を潜り抜け、ふっと一瞬宙に浮かされたような動きが身体を包む。
背には寝台の柔らかな上質なリネンと・・・自分を支える逞しい腕が―――

「降参せよ・・・キャロル・・・」

前髪をすきあげ、頭を撫ぜる
金の糸はするするとメンフィスの指の間を滑ってゆく。
それをからめとり、口元に愛しげによせた。
ぎしり・・・と寝台がゆれる
メンフィスの顔はもう・・すぐ目の前にあった・・・・・

まだ・・・口付けはしていなかった。
回廊での駆け引きは圧倒的にメンフィスの有利に終わっていたが、故意にキャロルの唇は奪わなかったのだ。

あくまでキャロルからの口付けを待っている―――

そのままの姿勢で肘をキャロルの両方の耳元につき、覆い被さるようになったまま・・・
キャロルの額をゆっくりとメンフィスの指がなぜてゆく
メンフィスはそっとKISSを重ねた。

額に一つ・・・
目じりに一つ・・・
そして・・・頬・・・

「・・・・・・強情者め・・・・」

一向に自分から動こうとしない様子に、憎らしげにキャロルの唇を親指でなぞる
くすぐったそうに、かすかに笑うキャロル。

そして、すっと瞳を細めてメンフィスを切なく見上げた。

「・・・・・誓って・・」
「―――」
「・・・・どんな時も・・・・・・ともに命の終わる日まで・・・私を愛するって・・・」

思いつめたような瞳に何か尋常ではないような気配を感じ、慎重にメンフィスはうなづいた

「・・・・・・・誓おう。」
「・・・・・・・」
「キャロル?」

「―――じゃあ・・・さっきの言葉・・・・・・『私だけ』を愛する・・って・・・限定してもいい?」

「キャロル・・・なにを今更・・・・」


メンフィスは一瞬言葉を詰まらせた。
これほど愛しているというのに、何を疑う?
そなただけしか愛せぬことをこやつ・・まだ分からぬというのか・・・!!!

その問いかけに少し怒った風のメンフィスを見上げ、キャロルはとたんに寂しく目を伏せた。
「・・・・ごめんなさい・・・・」

ずきり・・

メンフィスの胸を氷の刃が突き刺さる
(―――なにを・・・なにをあやまる?)
わたしにそんな顔をするな―――


「・・・・あなたは・・・・・ファラオだから・・・」
「?」
「・・・・・・女の人はきっと・・いつだって貴方を放ってはおかないわ・・・」
「!」
「幸せすぎて・・・・・ちょっと未来が怖くなっただけ・・・」


(・・・・もしも・・・貴方が・・いつか私を捨ててしまったら・・・・・・)


「わたしには・・・・・貴方しか・・いない・・・・・・から・・・・・」

わずかに震える長い睫毛から今にも涙がこぼれだしそうに見えた。

「キャロル!!」

吐き出すようにメンフィスはキャロルへ言葉を浴びせかける。
激しく、強く、がっしりとキャロルの華奢な肩を掴みながら・・・

「何度でも誓ってやる!そなたが望むならいくらでも・・!!! 
そなただけだ!そなたしか愛しはせぬ!!たとえ何が起ころうとも・・生涯かけてわたしの妃はそなただけだ!!そのようにおびえるな・・・わたしにはそなたしか・・・・」

咄嗟にキャロルが何にこだわって誓って欲しかったのかが分かった。
それは同じくメンフィスの願いでもあったから・・・・

他の者を愛することなど思いもつかない―――
キャロルがもし自分以外の者に奪われることなどあれば、怒りと苦しみで気が狂ってしまうだろう・・・

キャロルの体が反り返るほど激しく抱きしめ、キャロルの耳元に繰り返す。
「全世界のあまたの神かけて誓おう。わたしの愛するのはそなたのみ・・・そなたをいだく為なら、この命、地獄にとて捧げてもよい。わたしは・・・」

「―――わたしは・・・そなたがいなければ・・・生きてはゆけぬ・・・」

それは・・・心底からのメンフィスの叫び―――

―――キャロルの腕がのびてメンフィスの首筋に絡まった・・・


「―――愛している・・・愛している・・キャロル・・・・:」


苦しいほどに・・・息が出来ないほど激しく抱きしめられて・・・気が遠くなるほどとても幸せだった―――
小さな涙の粒が頬を伝い落ちる

「・・・メンフィス・・・」
「メンフィス・・・・わたしは・・ずっとずっと遠い未来で貴方に呪いをかけられたのよ。・・・・・この世界から・・逃げられなくなるような・・王の呪いをね。」
「・・・・・・キャロル?」
「だから・・・今度はわたしが貴方にかけてあげるわ」
「動かないで・・・私だけを見つめていて・・・ずっとずっと・・わたしを求めて追いかけて・・・・貴方はわたしだけのものよ・・」

その言葉どおり・・・・その蒼い視線が・・愛しい者の声が・・メンフィスの心をからめ縛ってゆく


「―――私を悲しませたら・・・二度と貴方にキスしてくれる人がなくなるから・・・・」


キャロルの桜色の唇がゆっくりとメンフィスの唇に触れる―――
祈りにも似た・・神聖な口付け
今度はメンフィスが動けなくなってしまっていた。
優しく包み込むようにキャロルの腕がメンフィスを抱きしめる・・・

呪文を完成させるかのように・・・淡く開いた唇が愛していると・・メンフィスの名を呼びつづける・・・
その声に導かれ徐々にメンフィスにかけられていた金縛りの暗示が解けていった。


女神のかけた誓いの接吻
それはとても切ない呪術・・・



甘さと痛みが交じり合う思いが愛の呪文にさらに強固な鎖をかけてゆく・・・・

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